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宝石の精霊と、幽霊の住む屋根裏

アメジスト・メノウ・スピネル・ネフライトが、まだ召喚されていない頃のお話です。

【ストーンアテナ(Stone Athena)】

 宝石に宿る精霊が、地球を守る為に人の姿となった状態。


 世界は、地球侵略を目論む宇宙人一族の脅威にさらされていた。

 人間たちが応戦し戦況は有利ではあるものの、いたちごっこが続いており、敵を掃討しきれずにいる。

 そこで人々は、地球が作り上げた神秘の存在である宝石に力を借りることにした。


 各国それぞれにストーンアテナを召喚していたが、ここ日本では、国産宝石の代表ロッククリスタル(無色透明の水晶)の精霊と交渉をし、様々な国産宝石たちが援護してくれる運びとなった。


 日本国産のストーンアテナは、瞳の光彩に桜の模様があるのが特徴である。





 夜明けの木枯らしが、私の長い髪をさらった。

 草花が眠るように萎れ、色を失った葉が落ちる頃になると、山は静穏に包まれる。


「まるで世界がまどろみに落ちていくようだ」


 種族や昼夜の違いではなく、季節の巡り。

 冬が終われば、また春が訪れ、草花は芽吹く。


「それは命の循環に似ている」


 私は時折、その輪から取り残されているような気分になる。

 なぜ、と自問しても、納得のいく答えは見出せない。


「鉱物だから?」


 私は宝石の精霊だ。宝石名はロッククリスタル。

 今はストーンアテナと呼ばれる人間の姿をしているが、元が鉱物であることに変わりはない。

 長い年月の中で風化はあれども朽ちず、命の循環を見守るだけの孤独な存在。


「私は、それを寂しいと感じているのか?」


 日本国産のストーンアテナの容姿は私も含め、全て成人女性だ。

 そしてそのまま老いず、変化しない。

 それが余計に、自分の孤立を際立たせているのかもしれないが、詮無い考えだろう。


 思案に耽っているうちに、日が昇った。

 風は少し冷たいが、空に雲はない。


 やがて人間たちが一日の営みを始めた頃、山に予期せぬ訪問客が現れた。


「この気配、サファイアとオブシディアンだな」


 同時に、彼女たちがストーンアテナの状態であることも察する。

 地球侵略を目論む宇宙人の出現により、苦難に陥った人類に助けを請われた私たちは、今日まで共に戦い続けていた。ストーンアテナの姿は言わば、宝石の精霊の戦闘態勢。


 しかし天上から現れた脅威も、暇なく襲ってくるわけではない。平穏な時間はストーンアテナも市中の屋敷で待機しつつ、のんびりと日々を過ごしている。


「わざわざ山暮らしの私を訪ねてくるとは……」


 そうこうしているうちに、二人のストーンアテナが目の前に現れた。


 ややボサッとした灰色の短い髪と白いマスク、黒いオーバル型の眼鏡が特徴のオブシディアン。普段から屋敷に引き篭もりがちなせいか、やや億劫そうな雰囲気を醸し出している。


 艶やかな短い黒髪、青いウェリントン型の眼鏡のサファイア。引っ込み思案で物事をネガティブに捉えるきらいがあるものの、宝石ひいてはストーンアテナとしての能力が非常に高い。


 私にとっては、どちらも可愛い日本国産宝石だ。


「二人とも、久しぶりだな。オブシディアン、たまには山登りも悪くないだろう?」


 そう問いかけると、オブシディアンが『うーん…』と唸る。


「クリスタルさん、麓には住まないんですか?」

「この辺りは見晴らしがいい。誰にも邪魔されないし、昼寝にもうってつけだぞ」

「そう言われると、悪くない気がしてきました」

「サファイアも元気そうで何よりだ。変わりはないか?」

「はい。お陰様で楽しく過ごせて……いるには、いるんですが……」


 サファイアが言葉に詰まると、そのままオブシディアンも黙り込んでしまう。

 どちらも積極的とは言い難い性格だ。それ故に、二人だけで私を訪ねてきた理由に察しがつかない。


「なにか困り事なら、まずは事情を聞かせてくれ」


 私が促すと、二人は顔を見合わせた。そしてサファイアが先に口を開く。


「クリスタルさん、幽霊って信じますか?」


 幽霊。

 死者の魂が、現世に現れる現象。


「知ってはいる」


 しかし概念の知識と、理解の壁は隔たりが大きい。


「そういう反応になりますよねえ」


 困惑する私に、オブシディアンがため息を吐いて肩をすくめた。


「私も実際に見るまで、幽霊ってなんだろうって思いました」

「つまり二人は、幽霊を見たのか?」


 サファイアは『見たというか』と首をひねり、続いてオブシディアンが『遭遇したというか』と煮え切らない態度で答える。要領を得ない反応だ。


「…最初から聞こう」


 私が場を仕切り直すと、オブシディアンが事のあらましを語り始めた。


「よく柿や林檎とかを差し入れてくれていた、近所のおばあちゃんがいるんですけど……」


 このストーンアテナたちが住む屋敷のそばに、ある老婦人が住む平屋がある。五十年ほど前、中古で売りに出されていた二階建ての家を購入し、リフォームした住まいらしい。

 住民は夫婦二人と息子一人の三人家族で、二階は不要だと考えたという。そして夫に先立たれ、息子が自立したあとも、彼女は同じ家で一人暮らしを続けたそうだ。


「その家に幽霊が出るのか」


 私が尋ねると、サファイアが頷く。


「はい。屋根裏に幽霊が住み着いているそうで、たまに天井を叩くそうです」

「それは、いつ頃から?」

「入居した当初からだと伺いました。ご夫婦は話し合って、その奇妙な現象を気にしないことに決めたそうです。音が聞こえるのは稀だったのと、なんだか構ってほしい子どもが叩いているようで、邪険にしたくないと……」


 やや跳ねている髪を弄りながら、オブシディアンが眉尻を下げる。


「ただ、そのおばあちゃんが息子さん夫婦と同居することになって…」

「お住まいを空き家のまま残せないらしく、取り壊すことにしたそうです」

「その前に、幽霊をなんとかできないかと相談されまして」

「本当によくして頂いたのもあって、『幽霊は管轄外です』とはなかなか言い出せず……」

「サファイアさんは悪くないですよ。最後は私が、やるだけやってみますって言っちゃったんで…」


 なるほど、ものぐさなオブシディアンが引き受けたくらいだ。

 断り難い状況だったのは容易に想像がつく。

 私は思わず笑みをこぼしながら、『それで?』と二人に続きを促した。


「おばあさんは、もう息子さん夫婦のところへ引っ越しています。だから私とディアさんが鍵を預かって、家に向かいました」

「そうしたら、本当に天井から音が聞こえたんです」

「天井裏を確認したのか?」

「はい、ディアさんと一緒に……」

「『押入れの上にある板が外れるようになってる』っておばあちゃんから聞いていたので、覗いてみました」

「そこで二人は、幽霊を見たと?」


 すると二人は最初と同じく、『見たというか』『遭遇したというか』と再び煮え切らない態度を返してきた。

 サファイア曰く、姿は見ていないという。


「懐中電灯で照らしても、人や動物の姿はありませんでした」

「それで、何かを投げてみようって話になって……サファイアさんがボールを投げたんですけど、しばらくしたらボールはコロコロ転がりながら返ってきました」

「時間差があったのか?」

「サファイアさんがボールを投げてから、二、三分あとくらいだったと思います」

「次に、ディアさんが持参したクマのぬいぐるみを投げました」

「割とお気に入りだったんですけど、そのぬいぐるみはすぐに投げ返されてしまいまして」

「『これはいらない』と突き返してくるみたいな、ものすごい勢いでした。それで私とディアさんは考えたんです」

「もしかしたら、幽霊が気に入るプレゼントをあげれば成仏してくれるんじゃないかと」

「でもどんなプレゼントが良いか分からず、行き詰まりました」

「それでみんなに相談したら、トパーズさんが『こういうときはクリスタルに相談すればいいんじゃない?』って」

「事情は理解した。成仏できるかどうかはともかく、その幽霊が喜びそうなプレゼントを一緒に考えてみよう。ただ闇雲に物を用意しても仕方がないと思う」


 私がそう言うと、サファイアが静かに頷く。


「他の皆さんにも協力をお願いしました。まずは私たちの屋敷に来て頂けますか?」


 その誘いに応じた私は、二人と共に彼女たちが暮らす屋敷に出向いた。

 他の面々は前所有者の調査、近隣住民の聞き込み等に勤しんでいるという。

 すでに戻っていたのは、ガーネット、トルマリン、ロードナイトの三人だった。


 時刻は昼過ぎ。六人で食卓を囲い、サファイアが用意した素麺をすする。

 食事中、最初に口を開いたのはオブシディアンだった。


「皆さん、収穫はありましたか?」

「はい!」


 最初に手を挙げたのは、ガーネットだ。


「近所の人に聞いた話を報告するね。あの家には昔、病弱な女の子が住んでいたってことが分かったよ。どういう病気かは分からないけど、ほとんど外には出られなかったみたい」

「次は私から」


 続いてトルマリンが報告を続ける。


「幽霊の家で、実際に検証してきました。その結果をお伝えします。タンバリン、ギターは興味を持ってくれたようで、音を鳴らしてくれましたが、しばらく経つと丁寧に返されました。次に本、携帯型テレビゲーム、菓子や果物はすぐに投げ返されました。以上です」

「わたくしの情報は、やや正確性に欠けますが…」


 最後にロードナイトが眉尻を下げた。


「ご病気のお嬢さんは、家の二階に住んでいらしたようです。ただ当時、夜になっても二階に明かりが点くことはなかったそうで、少し気味が悪かったと伺いましたわ」


 彼女たちの報告を聞いた私は、ロードナイトの証言に妙な引っ掛かりを覚えた。


「正確性に欠ける、というのは?」

「もう五十年以上前のことを覚えていらっしゃる方が少なく……わたくしに情報を提供してくださった方も、前の所有者の方が引っ越される少し前に家を建てられたようで、ほとんどご近所付き合いはなかったそうですわ」

「あ、それは私も似たような感じだった!」


 ロードナイトの言葉に、ガーネットも相槌を打つ。

 そして他の面々を見回して尋ねた。


「ところでトパちゃんは? マリンちゃんと一緒だったよね?」

「トパーズさんは前の所有者に会いに行きました。調べたところ引っ越し先が判明したので、直接お話を聞いてくるそうです。クリスタルさん、トパーズさんを待ちますか?」

「いや」


 私は首を振った。


「玩具屋へ寄って、それから幽霊の元へ行こう」


 しかし場所は屋根裏だ。

 全員で押しかけるには手狭だろうということになり、私、オブシディアン、サファイアの三人で老婦人の家を訪ねることになった。


「二人には、幽霊に渡すプレゼントを選んでほしい。気に入ってもらえるであろう基準は分かっている」


 玩具屋に向かう途中、そう私が切り出すと、サファイアは驚いたように目を見開いた。


「クリスタルさん、幽霊が欲しがる玩具が分かったんですか?」

「ああ、皆の話を聞いてひらめいた」


 不思議そうに顔を見合わせた二人の肩を、私はそっと叩いた。


「あの家に住んでいたという娘は、恐らく――」


 私の推理を聞いた二人は切なそうに瞳を揺らし、それから玩具屋でプレゼントを見繕った。

 贈り物の選定を任されたサファイアとオブシディアンが、あーでもない、こーでもない、と真剣に悩む姿は、とても微笑ましい。


「ディアさん、これなら?」

「いいですね、この中から選びましょう」


 そうして老婦人の家に辿り着いたのは日が傾く頃。

 どちらにせよ夕暮れは天井裏に届かない。


 サファイアとオブシディアンは暗く湿った暗がりの奥に、プレゼント――木彫りのオルゴールを届けた。


「幽霊さん、私とディアさんからのプレゼント、受け取ってください」

「気に入ってくれると嬉しいです」


 するとオルゴールは闇の中に引っ張られ、やがて軽やかな音色が鳴り出した。


 曲が終わっても、オルゴールは戻ってこない。

 そのまましばらく待ったが、変化はなかった。


「二人とも、出よう」


 外に出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。

 サファイアが、感慨深げに老婦人の家を振り返る。


「この家に住んでいたお子さんは、目が見えなかったんですね」


 だから、ボールや楽器のように触って楽しめる物は遊んでもらえたが、本や人形は即座に投げ返された。

 病気の噂や、夜になっても二階の部屋に明かりが点かなかったという話も、それで合点がいく。


「でも……」


 オブシディアンが呟く。


「トルマリンさんが渡した楽器は結局駄目だったのに、なんでオルゴールは受け取ってもらえたんでしょうか?」

「あっ、解決しちゃったか」


 そこへ、背後から陽気な声が響いた。


「やっほー」


 振り返ると、ウェーブの黒髪をなびかせたストーンアテナ――トパーズが手を振っている。


「せっかくこの家に住んでたお嬢さんに話を聞いてきたのに、無駄足だったかな」


 その言葉を聞いた私は、思わず眉をひそめた。


「この家に住んでいた、というのは……目の見えない女の子か?」

「そう……まあ、ここを引っ越したあと手術が成功して、ちゃんと見えるようになったんだけどね。元気そうだったよ」

「まだ、ご存命だと?」

「うん、会ってきたからさ」


 サファイアとオブシディアンが、再び老婦人の家を仰ぐ。


「じゃあ、私とディアさんが遭遇した現象は……」

「なんだったんですか?」

「さてね」


 トパーズは肩をすくめる。


「この家、リフォームで平屋にした時も、天井は二階の床をそのまま使ってるらしいんだ。もしかしたら、そこに染みついた記憶みたいなものだったのかも知れないね。彼女、部屋は二階だったそうだから」


 私は、何となく『ああ』と腑に落ちた。


 記憶。

 鉱物からストーンアテナが生まれたように、木々や草花、人間が使う道具や家にも魂は宿るのだろう。


「季節の巡り、命の循環」


 呟いて、ふと先ほどオブシディアンが口にした疑問を思い出す。


『――なんでオルゴールは受け取ってもらえたんでしょうか?』


 その理由は、さほど難しくないはずだ。


「サファイアとオブシディアン、どうしてプレゼントにオルゴールを?」


 すると二人は、すぐに口を開いた。


「ディアさんと二人で、目が見えないなら音が出る物がいいんじゃないかと考えて……」

「楽器は練習が必要だから、それなら最初から音が出る物にしようってサファイアさんと話し合って……」


 彼女たちの言葉に、私は微笑んだ。

 きっと、それが答えだろう。

 誰かの為に心を込めて選んだプレゼントが、喜ばれないはずはない。


 二人の想いに応えるように、老婦人の家から微かなオルゴールの音色が聞こえた。



 ―おわり―


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