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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第3部:誠の試練編

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一億の屠殺場(スローター・ハウス)

二〇二九年、五月。最高峰SG「衆望万魂祭オールスター」、最終日・第十二レース――優勝戦。

 野田あかりの命を削る調律を経た三十九号機のアマルガム装甲には、真珠のような極純の光沢を放つ白銀の数式が、美しく、冷酷に走り抜けていた。黒影コアの飢餓感はもはや消失し、世界一億人のファンが放つ期待と呪詛の巨大な質量を、俺は自らの機体を滑空させるための最高の「推進バフ」へと、すべて完璧にコンパイルしていた。


「――最終第十二レース、優勝戦!! ピット離れの号砲、今、放たれましたァァァッッッ!!!!」


 実況アナウンサーの絶叫と共に、最強の六艇が水面へと一斉に躍り出る。

 三号艇の守屋あおいがピットアウト直後から強引なイン奪取のフラップを開いたが、一号艇の俺は舳先を微塵も引かず、百メートル手前の深インへと力ずくで据え切った。これ以上あおいが潜り込めば、助走距離を失った二艇は確実に共倒れになるという均衡。


 河田元気さんの王者の壁、大峰幸太郎さんの獰猛なカド睨み、そして幸田文哉さんの絶対神域たる光圧が、水上の座標を完全にロックし合っていた。それはあおいが牙を収めたのではない。俺の放つ「不動の零の引力」が、全員の進入を強引に吸着した――嵐の前の最悪の凪だった。


 万魂モニュメントは、限界臨界に達した一億人分の衆望パケットを、虹色のオーロラサージとして天空へと激しく放射している。関門海峡から流れ込む下関の激流は、電子の鏡のように静まり返り、新たな水上の神話が幕を開けるその瞬間を、固唾を呑んで待っていた。


 一号艇の発進は、不気味なほどに静かであった。

 足元のスーが、コックピットの底で黒と白が螺旋状に混ざり合う毛並みを激しく逆立て、深く鋭く紅い瞳を輝かせた。その光が俺の加速の合図だった。

 ゆっくりと、だが狂暴に旋回を続ける大時計の電子針。それが〇秒の頂点へと向かって物理加速を開始した瞬間、俺の網膜視界において、世界のすべての流動が完全に静止した。


 俺はスロットルレバーを限界の極みまで、ただ引き絞った。


「一号艇・速水誠――スリットライン通過、ST【.〇〇】!!!」


 カクテル光線の下で見つめる一億人が、同時に息を呑む音が聞こえたようだった。


「……嘘だろ、あいつ!! この極限のプレッシャーの中で、コンマゼロゼロのタッチスタートをブチ叩いてきやがったか……!?」


 二コースの河田元気さんの瞳が、戦慄に見開かれる。五コースの幸田文哉さんは、俺の完璧なる白銀黒影の航跡を見つめ、深く、満足そうに頷いていた。


「速水誠くん。君の絶対のロジック、しかと受け取ったよ。君はもう、この水上の唯一無二の王者だ」


 大外六コースの東京支部の俊英・蔵野まいさんは、愛機「レオン」の超伝導回路が発生させた異常な金属共振波形を、全身で感じ取っていた。待機行動中から俺の排気サージに呼応して、かつてこの関門の海峡の底に散っていった機艇たちの残滓――マブイの墓標と同じ周波数が、哀しげな遠吠えとして全通信回線へと響く。


「悲しまないで、レオン……! あの黒銀の向こう側に何があろうと、私たちは私たちの風を吹かせるだけよ!」


 東京の風が、山口の闇と絆、そして大峰さんの黄金の龍の数式と一マークの上で激しく混ざり合う。大時計の針が完全に〇秒をパージしたその瞬間――六艇のハイドロプレーンは、高さ十メートルの巨大な水柱の爆発が待つ、第一ターンマークの凄まじき魂の屠殺場へと、全速のトップエンドで真っ正面から雪崩れ込んでいった。

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