第4話:下関の咆哮、禁断の傾斜角
2027年5月下旬
下関競艇場、第12レース。
関門海峡から流れ込む潮が最も速くなり、水面が激しく波打つ時間帯。
ピットで39号機を調整する速水 誠の手は、迷わずチルト調整レバーを最大まで押し上げた。
「……チルト3.0? 誠、正気か!?」
隣のピットにいた實森ゆえが絶句する。
「この荒れ水面で機首を上げたら、1マークまでにひっくり返るよ! 広島の私だってそんな無茶しない!」
「……ゆえちゃん、悪いけどこれが『山口の、俺たちのスタイル』なんだ」
誠は、足元で大人しく隠れているペキニーズのオス、シロの頭を一度だけ撫でた。
「俊樹が作った『無』の隙間を、このチルトで突き抜ける。それ以外に、格上のアンタたちを抜く方法はないだろ」
瓜生 俊樹は無言で自身の機体に乗り込み、誠と視線を交わす。
マブイ0の彼が、先行して潮の抵抗を「無」にする。その針の穴を通すようなラインに、誠は全てを賭ける。
「大時計、始動!」
1号艇の實森ゆえが、コアマブイ3500の爆発的な出力で先行する。だが、大外6コースから飛び出した誠の39号機は、もはや「走る」のではなく、水面を「飛んで」いた。
「ガガガガガッ!」
チルト3.0特有の激しい振動が誠の腕を襲う。金属耳鳴りが脳を揺さぶる。
だが、誠は上田校長の縫合痕を思い出していた。顔が剥がれかけてもハンドルを離さなかった、あの執念を。
「……今だ、俊樹!」
前方を走る瓜生の機体が、不自然なほど静かに水面を切り裂く。
瓜生が「無」を切り開いたその瞬間、誠は1000しかないコアマブイを全開にし、タービンの回転数を限界突破させた。
「なっ……消えた!? 誠くんが……!?」
バックストレッチで加速する實森の視界から、誠の機体が「伸び」だけで一瞬にして消え去った。
チルト3.0による、圧倒的な直線破壊力。
「……これが、俺たちの初勝利だぁぁ!!」
1マークを回る際、誠はあえて全速旋回を捨て、一点突破の直線で實森の懐を強引にブチ抜いた。
レース後。
初勝利の余韻に浸る誠たちの元に、一通のメッセージが届く。
差出人は、大宮機艇教習所校長・上田 通彦。
『39号機の軸、まだ少し歪んでいるな。だが……あの直線だけは、私の現役時代よりも速かったかもしれん』
「……見ててくれたんだな、校長」
誠は、足元にすり寄るシロを抱き上げ、遠く琵琶湖の方角を見つめた。
いよいよ始まりました。
駆け出し編。同部屋だった瓜生とコンビを組んだ誠の活躍に期待です




