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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第8章:黄金の波切り編

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第186話:不屈の咆哮、深夜のピット ― 39号機、再構築 ―

2031年9月20日、午後8時。岡山県、備前競艇場。

予選初日の全レースが終了し、煌々と輝いていたカクテル光線が落とされ、場内は深い静寂に包まれていた。昼間の喧騒が嘘のように、瀬戸内の夜風が冷たく水面を撫でる。

しかし、一角だけ、青白いLEDの光が漏れる場所があった。

予選初戦、前人未到の四冠王として乗り込みながら、痛恨のキャビテーションによって「最下位(6着)」という泥を舐めた速水誠の整備ブースである。

「あかり、思い切って**『蒸気タービン』のバイパスを直結**にしてくれ。初速のパンチ力を出すために、中速域からの安定性はすべて捨てる!」

誠の声は低く、しかしこれまでにないほど鋭く響いた。

傍らに立つ野田あかりは、愛用のレンチを握る手を止め、目を見開いた。

「師匠……それ、本気っすか!? バイパス直結なんてしたら、1マークを回った後の『伸び』が完全に死んじゃうっすよ! スプリント戦とはいえ、バックストレッチの直線勝負で並ばれたら、一瞬でぶち抜かれるっす!」

「……いいんだ、あかり。直線で競り負ける前に、1マークの『入り』の一瞬で勝負を終わらせる。あのキャビテーションは、俺たちのマブイが機体に対して『速すぎた』証拠。なら、機体そのものをマブイの『器』にするのをやめる。ただマブイを後方へ叩きつけるだけの『ランチャー』に変える!!」

誠の瞳には、昼間の屈辱が火種となって、青白い炎が宿っていた。四冠王という地位も、周囲の期待も、今はどうでもいい。ただ、大内胤賢に突きつけられた「技術不足」という言葉を、自らの手で粉砕することだけを考えていた。


誠は作業台の奥、厳重に保管されていた木箱から、一つの古い部品を取り出した。それは、かつて阿蘇松井家との激闘と縁の中で手に入れた、歴史の重みを感じさせる**「古びた真鍮の吸気口インテーク」**だった。

本来は広大な阿蘇の地熱を効率よくエネルギー変換するために設計された一品だ。それを現代の精密なからくり競艇機に組み込むなど、工学的には「暴挙」に近い。

「あかり、これを吸気系の中枢に噛ましてくれ。過給圧の限界値を、安全圏の1.2倍――120%まで引き上げる」

「120%!? タービンが焼き付いて爆発するっすよ!」

「爆発する前に、チェッカーを抜ければいい。それと……このキャビったプロペラ、捨てずに使う。あえて少し『肉厚』に研磨し直して、あの真空のバブルを推進力に変える『バブル・ディフューザー』仕様へ作り替える」

誠の指先は、すでにグリスと金属粉で真っ黒に汚れ、皮膚には強い溶剤や金属との摩擦による**「グリス負け」**の赤みが痛々しく広がっていた。しかし、彼は痛みを感じる様子もなく、精密なヤスリでプロペラの翼端をミリ単位で削り落としていく。

(フゴォォ……ッ!)

その時、ずっと足元で見守っていたシロが、熱を帯び始めたエンジンブロックに寄り添い、愛おしそうに金属の肌を舐めた。

誠はハッとして、シロの意図を汲み取った。

「そうか、シロ……。お前のマブイ、バッテリーを介さずに直接『キャブレター(燃料混合器)』に流し込むバイパスを作るっす。お前の黄金の血を、直接39号機の心臓に輸血するぞ」

シロが、短くも力強い覚悟を持って吠えた。黄金のマブイが真鍮のパーツと馴染み、整備ブース全体が微かな振動に包まれる。39号機は、もはや無機質な機械ではなく、誠とシロの執念を喰らって脈動する「生き物」へと変貌しつつあった。


作業が完了したのは、日付が変わる直前だった。

組み上がった39号機は、昼間の華やかな黄金色とは異なり、真鍮の古色と焼き付いた金属の青みが混ざり合った、どこか禍々しい威厳を放っていた。

「師匠……これ、もう競艇のボートじゃないっす。**『水上ロケット』**っすよ」

あかりが、組み上がった機体を見て息を呑む。

バイパス直結によって剥き出しになった排気口からは、調整運転のたびに、青白い火花が散っている。

「……勝つためなら、ロケットでも何でもいい。大内くんに、本当の『最速』が何かを教えてやる。野球のピッチャーが、計算じゃなく魂で160キロを投げるように、俺もこの一瞬にすべてを懸ける」

誠の右手は、グリス負けによる炎症で熱を持っていたが、ハンドルを握る感覚だけはかつてないほど鋭利になっていた。深夜のピット、静まり返った闇の中で、黄金の王は「どん底」から這い上がるための牙を研ぎ終えた。


誠の「狂気の整備」の一部始終は、深夜にもかかわらずカササギの定点カメラによって全世界に中継されていた。

からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新

> 【王者の逆襲準備】速水誠、深夜の極限整備を敢行! 常識外れのバイパス直結、過給圧120%の限界突破。もはや爆発か勝利かの二択しかない39号機は、死神の如き咆哮を上げ始めた! 累計PVはついに18億を突破!! ネット民からは「これぞ王者の執念」と賛否両論の嵐!!

>

【予選2日目・注目ポイント】

| 項目 | 詳細 | 期待/懸念 |

|---|---|---|

| 速水 誠 | 超・瞬発特化「ロケット・バブル」仕様。 | 成功すれば異次元の加速、失敗すれば空中分解。 |

| 大内 胤賢 | 誠の整備を聞き「無駄なあがきだね」と冷笑。 | SS級のプライドに揺るぎなし。 |

| 守屋 あおい | 誠に内緒で、シロに最高級プロテインを差し入れ。 | 「誠くん、明日負けたら氷漬けっすよ」と笑顔。 |

| 野田 あかり | 不眠不休でパーツの微調整を継続。 | 「師匠の腕、絶対折らせないっす!」 |

第五章:決戦前夜の誓い

「あかり、明日……俺たちが一番速いことを証明するっす!!」

誠は整備ブースの電気を消し、最後に一度だけ、真鍮のパーツを優しく撫でた。

隣では、最高級プロテインを食べて毛並みがツヤツヤになったシロが、準備万端と言わぬばかりに尻尾を振っている。

どん底の6着から、這い上がる道は一本しかない。

予選の残りをすべて1着で獲り、大内胤賢を、そして備前の静水面を、自らの作り出した「黄金の衝撃波」で飲み込むこと。

2031年9月21日。

夜明けと共に、真の「最速」を決める第2ラウンドが幕を開ける。


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