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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第8章:黄金の波切り編

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185/193

第185話:王者の沈没、備前の洗礼 ― 最下位からの再起 ―

2031年9月20日。岡山県、備前競艇場。

SG最速機兵決定戦スプリント』開幕第1レース。

1マークでの痛恨のキャビテーション(プロペラ空転)により、黄金の39号機は無残にも外側へと弾き飛ばされた。

「……届かない。一歩も、届かない」

誠は歯を食いしばり、スロットルレバーを限界まで握り直した。あかりが調整した「金属性クロノ・スプリンター」を必死に回し、真空の泡を切り裂いて追い上げを試みる。しかし、一度「空」を掴んでしまい、推進力を喪失したボートの加速は、あまりにも鈍い。

スプリント戦という超短距離決戦において、1マークのミスは致命傷どころか、即座に「死」を意味する。

先頭を独走する大内胤賢の背中は、もはや追いつける距離にはなかった。それは熱波の中に揺らめく蜃気楼のように遠く、誠の手からこぼれ落ちていく。

「1着、大内胤賢! 圧倒的なスピードでチェッカーフラッグ!! ……そして、大きく遅れて6着、速水誠。四冠王、まさかの最下位発進だぁぁ!!」

実況の絶叫が、備前の静かな水面に虚しく響き渡る。

ゴールラインを越えた瞬間、場内を包んだのは熱狂ではなく、冷ややかな「どよめき」だった。そして、一部の観客席からは、容赦のない心ない野次が飛び交う。

「三冠獲って天狗になったか!」「所詮は運が良かっただけじゃねえか」「大村の龍に勝てたのはフロックだったのかよ!」

誠はヘルメットの中で唇を強く噛み締めた。血の味が口の中に広がる。

何も言い返せない。これが勝負の世界の現実だ。三冠の栄光も、四冠の重圧も、今の敗北の前では何の盾にもならなかった。誠は黙って舳先を向け、沈黙のピットへと戻っていった。

第二章:静まり返るピット ―― 責任の所在 ――

ボートを揚降機リフトに載せ、陸へと揚げた誠を待っていたのは、重苦しい沈黙だった。

いつもなら「師匠、お疲れ様っす!」と元気に駆け寄ってくる野田あかりが、今は力なく俯いている。彼女の手には、熱を持ち、一部が変色した「金属性・スプリンター」のプロペラが握られていた。

「……師匠、ごめんっす。あかりが、軽さと薄さを攻めすぎたっす。スプリントの静水面で、あんなにバブルが出るなんて……完全に計算ミスっす……」

あかりの声は震えていた。彼女にとって、39号機の敗北は自分自身の技術の敗北と同義だ。誠の「四冠王」としてのキャリアに泥を塗ってしまったという自責の念が、彼女の小さな肩を震わせる。

しかし、誠はヘルメットを脱ぐと、汗に濡れた手であかりの頭をぽん、と優しく叩いた。

「違うっす、あかり。プロペラを信じきれず、無理やり捲りに行って無理な負荷をかけた俺の判断ミスだ。……あかりの技術は、一ミリも間違ってないよ」

「でも、師匠……!」

「あかりがくれた武器を使いこなせなかった、俺の修行不足っす」

誠が無理に作った微笑みを見せた、その時だった。

カツ、カツと、硬いブーツの音が響く。勝ち誇った表情を隠そうともしない大内胤賢が、従者を連れるように通りかかった。

「やあ、速水くん。これが『最速』の世界だよ。野球上がり(※誠の過去の経歴)の君には、この繊細な水面はまだ早すぎたんじゃないかな? 筋力パワーでねじ伏せられるほど、備前の水は甘くないんだ」

大内の言葉は、冷徹なナイフのように誠のプライドを切り裂く。

「四冠王なんて肩書き、ここでは何の役にも立たない。次のレースでは、周回遅れにならないように気をつけることだね」

大内は一瞥もくれずに去っていった。ピットには再び、絶望に近い沈黙が降りた。


屈辱の最下位。

山口支部の関係者も、かける言葉が見つからずに立ち去っていく。誠は独り、整備台の前に立ち尽くしていた。

だが、その時。誠の足元で、ずっと静かにしていたシロが「フゴォッ!」と鋭く、そして力強く吠えた。

シロの視線は、ゴミ箱に捨てられようとしていた、先ほど「キャビった」プロペラに向けられていた。

「……シロ? どうしたっすか?」

誠はシロに促されるように、そのプロペラを手に取った。

すると、奇妙な光景が目に飛び込んできた。

極限の摩擦と真空のキャビテーションによって、金属の表面がただ変色しているのではない。誠の黄金のマブイと、備前の特殊な水質が、超高回転の熱によって「化学反応」を起こしていたのだ。

プロペラの翼端には、真珠のような光沢を放つ**「白銀の皮膜」**が形成されていた。

「これ……キャビテーションの跡じゃない。泡が、金属の表面に『焼き付いて』定着してる……?」

誠は指先でその皮膜に触れた。その瞬間、脳内に不思議なイメージが流れ込む。

泡を拒むのではなく、泡そのものをプロペラの「一部」として固定し、水との摩擦を恒久的にゼロにする構造。

失速の原因となった「真空の泡」が、皮肉にも金属を保護し、未知の流体性能を付加させていたのだ。

「……シロ。あかり、このプロペラ……捨てちゃダメだっす。キャビったおかげで、逆に『水との新しい同調』が始まってる気がするんだ」

誠の瞳に、再び静かな、しかしマグマのように熱い黄金の火が灯った。

どん底に叩きつけられたことで、四冠王という慢心が削ぎ落とされ、誠は「ただ速さを求める一人のレーサー」へと立ち戻った。

第四章:崖っぷちの展望 ―― 17億5,000万の視線 ――

誠の敗北と、その後のピットでの異様な光景は、すぐさま世界へ拡散された。

からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新

> 【衝撃の最下位】速水誠、四冠の栄光から一転、どん底へ! しかし、ピットでの眼光は死なず。謎の「白銀プロペラ」を手に、王者は何を企むのか!? 累計PVは一気に17億5,000万を突破!! ネットでは「誠オワコン説」と「大逆転フラグ説」が真っ二つ!!

>

【予選道中の情勢・戦況分析】

| レーサー | 現在の成績 | 状態 | 展望 |

| 速水 誠 | 6着(最下位) | 崖っぷちの修羅 | もはや一戦も落とせない。全勝が絶対条件。 |

| 大内 胤賢 1着トップ | 絶好調・冷徹 | このまま予選トップ通過を狙う。 |

| 安貞 雄一 | 2着 | 虎視眈々 | 師匠譲りの粘りで上位をキープ。 |



ピットの自室に戻った誠のスマートフォンが、激しく振動した。

レディース会場で戦う守屋あおいからの通信だ。画面に映る彼女の表情は、いつになく厳しい。

「誠くん、さっきのレースは何! あんなの、私の知ってる『黄金の王』じゃないよ!」

「あおい……すまない。俺……」

「謝る暇があったら、その白銀のプロペラを叩き直す! 岡山ここの水は、私の地元。私の目の前で、大内に好き勝手させるのは許さないよ!」

あおいの背後には、同じく心配そうに見守るあかりの顔が見える。

「師匠、あかりもやるっす! その皮膜を安定させるための、特殊な電解液を今すぐ調合するっすよ! 次のレース、備前の水を『真空の道』に変えてやるっす!!」

誠は力強く頷いた。

「ありがとう、二人とも。俺は……最下位から這い上がって、五冠を獲った伝説の男になってやる!!」


誠は再び整備室へ向かった。

ゴミ箱から拾い上げたプロペラを、あかりと共に研磨し、マブイを注入し直す。

「白銀の皮膜」は、誠の黄金のマブイと混ざり合い、プラチナのような輝きへと進化した。

摩擦を恐れる時代は終わった。

これからは、摩擦そのものを味方につけ、自らが「泡」となる。

予選第2レース。誠は再び、大外6コースからの進入を宣言した。

「見ててほしい。これが、俺たちの……どん底からの逆転劇だ!!」

黄金の王が、白銀の衣を纏って、再び備前の静水面へと牙を剥く。

17億5,000万の視線の先で、伝説の「一撃」が、いま再点火された。


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