愛の超え方、空中旋回
2030年9月23日。岡山県、備前競艇場。
『SG最速機兵決定戦』は、ついに最高潮への入り口である準優勝戦の日を迎えた。
午後4時。西日に照らされた電光掲示板に、第12レースの番組表が映し出されたその瞬間、1万人の観衆が詰めかけたスタンドから悲鳴に近い凄まじい歓声が巻き起こった。
【準優勝戦 第12レース 出走表】
* 1号艇:守屋 あおい(山口/岡山出身) ―― 静水の女王。地元・備前を知り尽くした、絶対無比の「氷の旋回」。
* 6号艇:速水 誠(山口) ―― 黄金の死神。どん底の最下位から這い上がった、熱き「四冠王」。俺だ。
恋人であり、師弟にも近い絶対の絆で結ばれた二人が、優勝戦へのたった一枚の切符を懸けて直接激突する。俺は昨日の予告通り、前付けを拒否して大外6コースへと艇を引いた。一歩も退かぬダッシュ勝負の構えだ。
「速水誠、やはり6コースを選択! そして機体には、狂気とも言える『チルト3度』がセットされている! 相手はあおい、彼は本気で女王を叩き潰すつもりか!?」
実況の絶叫がピット裏まで響き渡る中、俺たちの間には、目に見えないマブイの感応が激しく火花を散らせていた。
ピット離れの直前、一瞬だけ視線が交差した。あおいはヘルメットのシールドを跳ね上げ、凛とした、しかしどこか獰猛な挑戦者の瞳で、俺の魂を射抜いてきた。
「誠。四冠獲ったからって、私まで譲ると思ったら大間違いよ。私に勝てない男に、五冠目の栄光なんて似合わない。ここで君の傲慢を、骨まで氷漬けにしてあげる!」
「望むところだ、あおい。俺の最高のすべてをぶつける。それが、レーサーとしてお前に捧げる最大の敬意だ!」
あかりが指の皮を真っ赤に削りながら仕上げてくれた「白銀のプロペラ」が、39号機の中で、まるで飢えた獣のように唸りを上げている。あおいの足元では愛犬のヘラが鋭く吠え、俺のコクピットでは、黄金の瞳をギラつかせたスーが地響きのような唸り声を返した。
【からくり競艇公式YouTube『カササギ』Template更新】
> 【禁断の恋人対決】守屋あおいの絶対領域に、速水誠がチルト3度で強襲! 備前準優勝戦、開始直前にしてネットのタイムラインが完全炎上!!
「準優勝戦スタート!! 1号艇・あおい、コンマ03の電撃スタート! 逃げる、逃げる!!」
号砲と共に、あおいの「ブリザード・クイーン」が内側から完璧な弧を描いて発進した。彼女は備前の静水面をカミソリで切り裂くような精密旋回を炸裂させ、内側の艇を物理的な氷のマブイ障壁で完全に圧殺。一点の隙もない絶対の逃げ体勢を構築する。
だが、大外6コースから、俺の39号機が昨日を遥かに上回る異常な伸びを見せた。バイパス直結の過給圧110%、そしてチルト3度。ボートは水面から完全に浮き上がり、猛烈に走る巡航ミサイルと化していた。
「速水誠、伸び返したぁ!! しかし、あおいの引き波が巨大な壁になっている!!」
あおいが作った旋回の跡には氷のマブイが猛烈に残留し、後続を拒絶する水の絶壁がそびえ立っていた。接触すれば大転覆だ。だが、俺の魂は激しく笑っていた。
「あおいの引き波は綺麗すぎる! 淀みがねえからこそ、エネルギーの隙間がはっきりと見えるんだよ!!」
俺は実戦で初めて、新奥義『黄金・バブルバースト』を最大出力で解放した。あおいが作った引き波の泡をプロペラが猛烈に喰らい、真空の泡をシリンダー内で超圧縮。瞬時に爆発的な推進力へと変換し、俺は壁を最強の加速装置として利用して、1マークの出口であおいと並びかけた。
バックストレッチ、黄金と白銀の閃光が並走したまま、凄まじい速度で第2マークへ突入する。あおいは俺の異常な気配を肌で感じ、ここで完全に覚悟を決めた。
「逃さないわ、誠くん!! 私の地元で、好き勝手はさせない!!」
あおいはヘラのマブイを最大まで増幅させ、第2マークの旋回軸に「氷の鏡」のような、巨大な氷結障壁をぶち上げた。相手の視界と進路を強引に奪うマブイの罠。減速せざるを得ない絶対絶命の状況だ。
だが、俺の瞳には、その氷の鏡が勝利への架け橋にしか見えていなかった。
「飛ぶぞ……スー!! 俺たちを、あの空の向こうへ連れていけッ!!」
俺はハンドルを一切切らなかった。チルト3度による異常な揚力、そしてバブルバーストの余剰加速。俺はあおいの作り出した氷の鏡をあえてジャンプ台として利用し、39号機の船体を虚空へと強引に跳ね上げた。
「なっ……何ということだぁぁ!! 速水誠、飛んだ!! 1号艇・あおいの頭上を、39号機が完全に飛び越えたぁぁ!!」
空中で黄金の光を放ちながら、放物線を描く39号機。眼下には、驚愕に目を見開いたあおいの美しい顔があった。罪悪感などない。あるのは、この女王を越えなければ次へ進めないという、脳が焼けるような歓喜と戦慄だけだ。これこそが、俺たちの「愛の越え方」だった。
あおいの頭上を斜めにカッティングするように飛び越え、第2マークの出口、ホームストレッチの直線へとダイレクトに着水! 凄まじい衝撃に白銀のプロペラが真っ赤な火花を散らしたが、俺はそのままアクセルを床まで踏みちぎり、1着でゴールラインを駆け抜けた。
救助艇に引かれ、ピットに戻ってカウルを脱ぐ。バイパス直結の代償として両腕は小刻みに震えて止まらなかった。そこへ、ボートを下ろしたばかりのあおいがゆっくりと歩み寄ってきた。
あおいは無言のまま俺の目の前に立つと、その小さな拳を、俺の胸へとドン、と熱く叩きつけてきた。
「……強くなったね、誠くん。あかりちゃんが削ったあのプロペラ、私の心まで綺麗に切り裂いたよ。完敗」
あおいの声はかすかに震えていたが、そこには女王としての確かな誇りがあった。
「あおいが最強の壁になってくれたから、俺、また自分の中の最速を超えられた。ありがとな」
「さあ、あかりちゃんが待ってるよ。あのプロペラ、もう限界。明日の優勝戦、大内くんが本気で君を殺しに来る。負けたら承知しないよ、五冠王候補!」
あおいは不敵に微笑むと、俺の震える手をがっしりと包み込んだ。
備前の夜空に、黄金と白銀のマブイが静かに、そして熱く溶け合っていく。速水誠の前に立ちはだかる次の敵は、再び牙を研ぎ直した「大内胤賢」。俺たちの魂のレースは、まだ始まったばかりだ。




