第182話:静水の狙撃手、備前の超速 ― 五冠目のターゲット ―
2031年9月初旬。大村湾に黄金の奇跡を描き、前人未到の「年間四冠」を達成した速水誠。そのニュースは日本中を、いや、世界中の「からくり競艇」ファンの魂を熱狂させた。しかし、当の誠に休息の時間は一秒たりとも与えられなかった。
四冠達成からわずか数日。誠の姿は、山口支部の薄暗い整備室にあった。彼の視線の先にあるのは、次なる聖地、岡山・備前競艇場の海図である。
9月20日に開幕する**『SG最速機兵決定戦』**。
それは通常のSG競走とは一線を画す、からくり競艇界の異種格闘技とも言える大会だ。通常のレースよりも短い周回、そして異常に短い助走距離。そこでは、緻密な戦略や中盤の捌き(さばき)よりも、ただ一点、「マブイの爆発的な瞬発力」と「機体の初速」のみが勝敗を分かつ。一瞬の油断、コンマ零一秒の判断の遅れが、時速百数十キロで激突する「鋼の怪物」たちの運命を決定する、最も過酷で、最も残酷なスピードバトルなのだ。
「四冠で満足してる暇なんてない……。シロ、次は『加速』のその先、光の速さまで行くぞ」
誠の膝の上で、黄金の瞳を爛々と輝かせたシロが、短くも力強く吠えた。
(フゴォォォォォン!!)
備前競艇場。そこは誠が今シーズンの二冠目「万衆衆魂祭」を勝ち取った縁起の良い舞台でもある。しかし、今回の「スプリント」における備前は、以前の面影を完全に捨て去っていた。
大会のために徹底的に水質管理された「完全静水面」。それは、風の影響も、潮のうねりも一切排除された、鏡のような水面だ。
「師匠、この水面……不気味なくらい静かっすね」
練習走行を終えた誠が、額の汗を拭いながら呟く。備前の静水面は、レーサーに「走りやすさ」を与えるのではない。むしろ逆だ。抵抗が少なすぎるため、わずかなハンドルのブレや、マブイの出力ムラが、そのまま機体のスピンや転覆に直結する。
「ああ、誠。スプリントはマブイを小出しにする余裕なんてなか。大時計の針が動く瞬間に、零秒で最大出力まで持っていかんと、一瞬で置いていかれるバイ」
師匠・黒田瑛人の言葉に、誠は深く頷いた。さらに、今回の備前は誠にとって特別な意味を持っていた。ここは、最愛のパートナー・守屋あおいのルーツである地だ。岡山支部から山口へと移籍した彼女だが、今もこの地の水面は彼女を「娘」として受け入れている。
「誠くん、私の地元で恥ずかしい走りはさせないっすよ!」
あおいは練習から一切の妥協を許さなかった。彼女の「氷のマブイ」が、誠の39号機の周囲をわざと凍らせ、滑りやすい極限状態を作り出す。
「今のターン、零三秒遅いっす! もっとマブイを心臓から直接プロペラに叩き込むっす!」
愛の鞭とも言える「氷の特訓」が、誠の感覚をコンマ単位で研ぎ澄ませていく。
四冠達成を支えた若き天才整備士、野田あかり。彼女もまた、この短距離決戦に向けて狂気じみたチューニングを39号機に施していた。
「師匠! 今回は大村みたいに『スカイ・ハイ』で空飛んでる暇なんてないっす。スプリントは、水面と喧嘩してでも、一ミリでも早く前に進んだもん勝ちっす!」
あかりが整備台の上に置いたのは、これまでのパーツとは明らかに異質な、冷たく光る一対のプロペラだった。
「蔵野家秘伝の『高周波振動』を、機体全体に組み込んだっす。これ、名付けて**『金属性・スプリンター』**! 推進力を得るためじゃなく、水面との摩擦を『超振動』で物理的に切り裂くための禁断のパーツっすよ!!」
あかりが用意したのは、瞬発力特化型の極薄プロペラ。一撃必殺の斬撃を得意とする蔵野家の刀剣技術を、流体力学に転用した代物だ。プロペラが回転するたび、周囲の海水は沸騰し、抵抗を極限まで低減させる。しかし、機体にかかる負担は通常の三倍。レーサーの精神力が切れた瞬間、パーツそのものが爆発する危険性を秘めていた。
「壊れる前に、ゴールを駆け抜ければいいだけっしょ? ギャル的に、このスピードは100点満点っす!」
あかりの不敵な笑みに、誠も覚悟を決めた。
しかし、五冠への道は、過去最高に険しいものとなるだろう。「最速機兵決定戦」の名の下に、スピードに取り憑かれた狂人たちが集結した。
1. 大内胤賢(29歳)/ 山口支部
「史上最年少SS級」の肩書きを持つ、福岡の若き天才。四冠王となった誠に対し、猛烈な対抗心を燃やす。「マブイの質なら誠だが、機体制御のスピードなら俺が上だ」と豪語し、福岡仕込みの「全速小回り」をスプリント仕様に特化させてきた。
2. 安貞雄一(26歳)/ 長崎支部
大村で誠に敗れた「島原の龍」新武友哉の愛弟子。リベンジに燃える彼は、0メートルラインからの立ち上がり速度を「新人類級」にまで高めた。大村の悔しさをバネに、師匠から受け継いだ「龍の重圧」を「初速の爆発」へと変換する。
3. 平野菜奈 / 山口支部
整備巧者として名高い彼女は、備前の水の「塩分濃度」と「硬度」を完全に分析。機体に「究極の塩分調整」を施し、鏡のような水面でさえも吸い付くようなグリップ力を発揮する。
これら「最速の門番」たちが、黄金の王の前に立ちふさがる。
からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新
> 【五冠への疾走】速水誠、次なる舞台は岡山の『最速機兵決定戦』! 周回短縮のスプリント勝負で、黄金の輝きは果たして加速を続けられるのか!? 累計PVは驚愕の16億を突破!! 掲示板では「0-100加速、誠の39号機がフェラーリを超えた説」で大論争勃発中!!
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【備前・最速機兵決定戦 展望・戦力解析】
| 注目レーサー | 機体名 | 特徴 | 期待度 |
|速水 誠 | 39号機・極 | 超振動による摩擦ゼロの加速。 | ★★★★★ |
| 大内 胤賢 | ソニック・アロー | SS級の精密な超高速旋回。 | ★★★★☆ |
| 安貞 雄一 | ドラグーン・零 | 0mからの異次元の立ち上がり。 | ★★★★☆ |
| 守屋 あおい | ブリザード・クイーン | 地元の意地。絶対的な安定感。 | ★★★★☆ |
開幕前夜。誠はあおいと共に、備前競艇場のスタンドから静まり返った水面を見つめていた。
「誠くん。ここ、私の実家から近かったんだ。小さい頃、お父さんに連れられてこの水面を見て、『いつかあの風になりたい』って思ってたっす」
あおいが誠の肩にそっと頭を乗せる。彼女の冷たく、しかし温かいマブイが、誠の全身を包み込んだ。
「あおい。俺、この水面で、あおいが憧れた『風』を追い越してみせるっす。五冠目の王冠を掴んで、あおいの地元に最高の恩返しをするっすよ」
誠の横で、シロも「瞬発モード」に。黄金の毛並みが電光のように逆立ち、周囲の空気をバチバチと震わせている。
「行こう、シロ。零秒の向こう側へ」
黄金の龍が、岡山の静水面に牙を剥く。
五冠を懸けた「最速の瞬き」が、今、始まろうとしていた。




