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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第8章:黄金の波切り編

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第180話:黄金の波切り、再臨 ― 狂気のチルト3度 ―

2030年8月30日。長崎県大村競艇場は、かつてない静寂と、それに続く爆発的な怒号に包まれていた。

予選を二位という輝かしい成績で通過した速水誠。通常、準優勝戦での二位通過者は、その組の「1号艇」として、最も有利なインコースに鎮座するのが鉄則だ。四冠を目指す誠にとって、ここは確実に「逃げ」を決め、優勝戦の絶好枠を勝ち取るための堅実な戦いが必要なはずだった。

しかし、ピットから離れた二号艇、黄金の39号機が取った行動は、競艇界の常識を根底から覆すものだった。

「準優勝戦、スタート展示! ……なっ、何ということだ! 二号艇の速水誠、自ら大きく艇を引き始めた! 四、五、そして……大外、六コース奪取!? 誠、自らインの利を捨てたぁぁ!!」

実況の絶叫がこだまする。スタンドのファンからは「何をやっているんだ!」「正気か誠!」という罵声と困惑が飛び交う。

だが、誠の瞳には一点の曇りもなかった。

前日の予選最終日、新武友哉に叩きつけられた「地力の差」。圧倒的なマブイ量を誇りながら、海を知り、風を友とするベテランの「深淵」に、誠は手も足も出なかった。

『速水くん、四冠ば獲りたかなら、次は自分ば捨てることバイ。海と一体にならんね』

新武の言葉が、誠の魂を削り、再構築させていた。

「……新武さん。俺、わかった気がする。三冠王なんていう『自分』を守ろうとしてるうちは、大村の風は掴めない。俺はもう一度……あの時みたいに、『持たざる者』として、風と波に全てを預ける!」

膝の上のシロが、誠の覚悟に応えるように、その小さな体を黄金の光で燃え上がらせた。

(フゴォォォォォォォォォン!!)


整備室。誠は誰の助けも借りず、一人で39号機の心臓部――モーターの取り付け角度を調整していた。

彼が選択したのは、「チルト三度」。

競艇において、チルト角度を上げることは、ボートの舳先を持ち上げ、水面との接地面積を減らすことを意味する。接地が減れば摩擦は消え、直線での伸び脚は爆発的に増す。しかし、それは同時に「曲がれない」機体になることを意味し、わずかな波の跳ね返りで機体が空中分解する「自殺行為」にも等しい。

「師匠……それ、マジで言ってるっすか!?」

モニター越しに、レディース会場のあかりが絶句していた。

「あかりが組み込んだ金属性パーツ、剛性は最強っすけど、チルト三度のGに耐えられる設計にはなってないっすよ! 壊れるっす! 師匠がバラバラになっちゃうっす!!」

「いいんだ、あかり。壊れたら、またお前が直してくれ。今は……この風の中に、俺の全てを投げ出す時っす」

誠は整備室の壁に貼られた、あおいとあかりとの三人の写真を見つめた。

愛する者たちの期待、王者のプライド、そして敗北の悔しさ。その全てを脱ぎ捨て、誠はただの「一人のレーサー」として、大村の最果て、60メートルラインを越えた大外へと機体を向けた。


「大時計の針が回る! 準優勝戦、歴史が動くスタートォォ!!」

1号艇・安貞雄一(やすさだゆういち)がインコースから「龍」のマブイを爆発させ、完璧な逃げ体制を築こうとする。

しかし、大外6コースから放たれた誠の39号機の加速は、もはや物理現象の域を超えていた。

「速水誠、スタート展示の宣言通り! 6コースから、まるで水面を走る『黄金のトビウオ』だ! チルト三度、完全に機体が浮いている!!」

摩擦が消えた39号機。あかりが換装した金属性パーツが、凄まじい振動で悲鳴を上げている。機体は今にも空中で空中分解しそうなほど暴れているが、誠はハンドルを握る力を「抜いた」。

(抵抗するんじゃない……波のリズムに、俺を合わせるっす……!)

誠はマブイを機体全体に広げる防御的な展開をやめ、プロペラの先端と、水面に触れるわずか数ミリの「接地面」だけに全エネルギーを集中させた。

『奥義:黄金の波切り・きわみ

それは、かつてのような強引な「断絶」ではない。

大村湾特有の細かなうねりを、誠は黄金の刃で「撫でる」ように滑る。波の頂点から頂点へと飛び移り、衝撃を推進力へと変換する。

自分を捨て、風に身を任せた誠は、今、大村の海そのものと同期していた。


「速水誠、一気に絞ってきたぁぁ!! 5艇、4艇……1号艇の安貞さえも、その射程圏内!!」

1マーク。インから安貞が「龍の壁」を張り、捲りをブロックしようとする。内側の他艇も、誠のあまりのスピードに「特攻か!」と戦慄し、防衛的なターンを余儀なくされる。

しかし、誠の視界には、もはや敵の姿はなかった。

ただ、シロが示した「波の隙間」と「風の通り道」が、黄金のレールとなって空中に浮かび上がっていた。

「そこっすか、シロ……跳ぶっす!!」

誠は1マークの巨大な渦、その最も「エネルギーが高い位置」を波切りの刃で踏み台にした。

チルト三度の浮力を利用し、一気に全艇を空中から「ゴボウ抜き」にする、超特大の捲り。

「なっ……なんだあの旋回は!? 1マークの上を走っているのか!?」

安貞が絶叫する。彼の張った龍の壁は、誠の「上」を通り抜ける加速に一切触れることさえできなかった。

黄金の閃光が大村の空を舞い、着水の瞬間に水面のリズムを完璧に捉えた。

立ち上がった瞬間、誠の39号機はすでに後続を3挺身以上引き離し、独走態勢に入っていた。


「【狂気か、天才か】速水誠、準優勝戦で自ら6コースを選択し『チルト3度』を解禁! 伝説の『黄金の波切り』がさらに鋭くなって復活! 累計PVは驚異の15億を突破!! 世界は今、神が水面を歩く姿を目撃した!!」

【準優勝戦・決着の瞬間】

| 順位 | レーサー | 状態 | 奥義 |


| 1着 | 速水 誠 | 覚醒・独走 | 黄金の波切り・極 |

| 2着 | 安貞 雄一 | 茫然自失 | 龍のブロック(不発) |

| 3着 | 濱田 一翔 | 展開を突く | 江戸前Vモンキー |


ピットに戻ってきた誠。

そこには、自分を打ち負かした新武友哉が、静かに待っていた。

「……速水くん、自分ば捨てて、アウトから大村の風を掴んだか。良か走りバイ。そん『自分ば持たん』強さ、忘るんなよ」

新武の言葉は、かつての威圧感ではなく、後継者を見守るような温かさに満ちていた。

「ありがとうございますっす。……新武さん、優勝戦。俺、本当の四冠を掴みに行く!」

そしてレディース会場。

「師匠……もう、心臓に悪いっすよ! でも、あのセッティング、ギャル的に100点満点……いや、15億点っす!!」

あかりの叫び声に、誠は微笑んだ。

遠く離れた場所で戦うあおいも、モニター越しに誠の無事と勝利を確信し、静かに氷のマブイを整えていた。

四冠への挑戦、ついに王手。

決勝戦の相手は、再び相まみえる「長崎の龍」新武友哉。

黄金と龍、大村の全てを懸けた最後の一戦が、幕を上げる。


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