第171話:三冠への王手、黄金の翼と鉄の誇り ― 優勝戦前夜 ―
2030年8月5日。
兵庫県尼崎市、尼崎競艇場の空は、まるで世界の終わりと始まりを同時に予感させるような、深く、吸い込まれるような藍色に包まれていた。
「大宮橋右衛門杯」、最終日。
からくり競艇の歴史において、数十年、あるいは百年に一度現れるかどうかの「三冠」という偉業。江戸川の荒れ水面を制し(一冠目)、備前の神事のごとき激戦を勝ち抜き(二冠目)、今、速水誠はその最終章の舞台である優勝戦、1号艇の座に座していた。
ピット裏の静水面は、カクテル光線の下で銀色の鏡のように沈黙している。だが、その静寂は、これから始まる「魂の核爆発」を前にした、束の間の猶予に過ぎない。
1. 鉄の意志、黄金の輝き:蔵野パーツの胎動
「……よし、シロ。準備は万端っす。どこを触っても、もう『ムカデ』の腐った毒は感じない」
誠は、愛機・39号機のサイドカウルを愛おしげに、しかし力強く撫でた。
一昨夜、野田あかりが己の命を削るような執念で執り行った「部品交換」。金属性の伝説、蔵野家の技術が組み込まれたその機体は、月光を弾き返し、まるで「黄金の日本刀」のような鋭利な殺気と神々しさを同時に放っている。
「師匠……。正直、金属性パーツに総入れ替えした直後は、マブイの伝導率が良すぎてバランスを崩すのが怖かったっす。でも、今はシロちゃんのマブイと、師匠の意志が完全に……マジで、分子レベルで馴染んでるっす! 最高の結果、見せるっすよ!!」
メカニックの野田あかりは、一睡もしていないはずの瞳をギラつかせ、グリスと汗にまみれた手でピースサインを作った。そして、誠の背中を「バチン!」と気合を入れるように叩く。
「あかり……。お前がこの心臓を直してくれなかったら、俺は今、ここにはいなかった。ありがとう。この39号機なら、どんな壁も斬り裂ける!」
誠の言葉に、あかりは少し照れたように鼻をすすり、「ギャルを泣かせるようなこと言わないで、サクッと勝ってくるっす!」と笑った。
しかし、優勝戦のピットアウトを待つ面々は、誠の三冠という夢を、粉々に粉砕するために集った怪物たちばかりだ。
「誠、おめでとうは明日言うから。今は……私の『氷』が、誠くんの黄金を閉じ込める監獄になるよ」
2号艇、守屋あおい。山口支部の同門であり、誠にとって最も近い理解者。しかし、勝負の場において彼女の「氷結マブイ」は、愛さえも凍てつかせる非情な壁となる。
「三冠なんて、そう安々と許さん。若造が歴史を語るには百年早か! 絶対王者の『噴煙』で、神戸の空を真っ黒に染めてやるたい!」
3号艇、佐賀の絶対王者・大峰幸太郎。その圧倒的な経験値と、火を噴くような旋回力は、今なお競艇界の頂点に君臨している。
「誠、お前がもし水面に落ちてきたら、俺の爆炎が優しく受け止めてやる……いや、そのまま灰になるまで焼き尽くす!!」
4号艇、福岡ポンコツ会会長・西野貴志。一昨日の敗北から機体を無理やり修復し、執念で優出をもぎ取った爆炎の男。
さらに、5号艇には老練な愛知の勝負師・児玉大学。そして6号艇には、誠に準優勝戦での勝利を託し、自身も傷だらけの機体で這い上がってきた「魂のネービラ」瓜生俊樹。
ピットの隅。予選で敗退した大宮忠志が、青白い顔で誠をじっと凝視していた。その手には、大宮家に伝わる不気味な細工の施された「からくり鍵」が握られ、かすかに震えている。
「……私のムカデを斬ったあの力。あれが黄金の龍の真価だというのなら、それ相応の『絶望』を用意しなければなりませんね」
忠志の呟きは、不気味な羽音と共に闇に溶けていった。
(……怖いか?)
誠は、ふと自らの手がわずかに震えていることに気づいた。
江戸川の風、備前の炎、そして尼崎の虫。
これまでの死闘の光景が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。背負っているのは、自分の夢だけではない。あかりの徹夜、あおいの想い、瓜生の犠牲、そして黒田師匠の期待。
その巨大すぎる重圧が、誠の肩にのしかかる。
その時だった。
「フゴ……フゴォォォォォォォォォォン!!!」
膝の上で、黄金の毛並みを逆立てたシロが、かつてないほど高く、澄んだ咆哮を上げた。
その声は、ピットに漂う邪悪な気配を浄化し、39号機の金属性パーツと共鳴して、澄み切った鐘の音のような波動となって誠を包み込んだ。
「……そうっすね。俺は一人じゃないっす」
シロの瞳には、一切の迷いがない。
誠は大きく深呼吸をし、震えを「武者震い」へと変えた。
「あおいさん、大峰さん、西野さん。みんな、俺を潰す気満々っすね。……でも、俺にはこの39号機と、あかりの魂と、シロの絆があるっす。誰にも、この光は消せないっす!!」
からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新
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【優勝戦・最終枠順確定】
| 艇番 | レーサー | マブイ属性 | 戦術展望 |
| 1 | 速水 誠 | 黄金・金属性 | 圧倒的加速と硬度。インから最短航路を斬り拓く。 |
| 2 | 守屋 あおい | 極寒・氷結 | 誠を逃がさぬよう、1マークを氷の檻で封鎖。 |
| 3 | 大峰 幸太郎 | 絶対王者・噴煙 | 重厚な捲り差し。誠を内側から圧殺する。 |
| 4 | 西野 貴志 | 爆炎・紅蓮 | カドから全てを焼き払う。破壊神の旋回。 |
| 5 | 児玉 大学 | 老練・変化 | 隙あらば最内を差し抜ける暗殺者の如き旋回。 |
| 6 | 瓜生 俊樹 | 無色・剛腕 | マブイゼロの鉄槌。誠の背後を守り抜くか。 |
ピットの電光掲示板に「12R 優勝戦」の文字が灯る。
あかりが整備用PCを閉じ、誠に親指を立てた。
あおいがヘルメットを被り、氷のような鋭い視線で誠を捉えた。
西野が機体のマブイ石を叩き、爆音を上げた。
そして、瓜生が静かに頷いた。
「スタート展示、始まります!!」
係員の合図と共に、6隻の機体が一斉に水面へと滑り出した。
誠はハンドルを握り、39号機から伝わる重厚かつ鋭利な振動に、自らの鼓動を同期させる。
尼崎の静水面が、黄金の波動によって黄金色に沸き立ち始めた。
「……明日、この三冠の旗を振るのは、俺とシロだ!!」
黄金の龍が、今、最後の咆哮を上げる。
伝説の結末まで、あと数分。




