第167話:百足(ムカデ)の禁忌、静水面の地獄変 ― 予選2日目・開戦 ―
からくり虫:大宮家が遺した生体機械の系譜
「からくり虫」とは、江戸時代初期の伝説的技師・大宮橋右衛門が、昆虫の身体構造と「マブイ(魂)」を燃料とするからくり技術を融合させて生み出した、自律型小型機獣の総称である。
本来、昆虫が持つ「自重の数百倍を持ち上げる筋力」「超感覚的な複眼」「群体としての連携能力」を、特殊な金属とマブイ回路で再現したこの技術は、からくり競艇の黎明期において水面の保守や、機体の微細な整備に用いられてきた。
しかし、その応用技術は戦いにおいても牙を剥く。
* 寄生蜂: 敵機のエネルギー回路に針を突き刺し、マブイを外部へ流出させる。
* 盾甲虫: 複数が連結し、空中にダイヤモンド硬度の防御壁を形成する。
* 騒蝉: 高周波を放ち、パイロットの平衡感覚と通信をジャミングする。
そして、これら全ての虫たちの頂点に立ち、橋右衛門が「制御不能の暴君」として封印したのが、全長20メートルを超える超弩級機獣、**「大ムカデ(百足)」**である。これはもはや「虫」の範疇を超えた、水底の災厄そのものと言える。
2030年8月2日、午前11時。兵庫県・尼崎競艇場。
予選2日目、第9レース。本来なら真昼の太陽が穏やかに水面を照らすはずの時間帯だが、尼崎の「静水面」は不気味な低周波の振動に震えていた。
「予選第9レース、スタート展示……! 3号艇・大宮忠志、ピット離れから様子が変だぁぁ! 機体後部から極太の黒い鎖が水中に伸び、何やら巨大な影を牽引しているぞ!?」
実況の声が上ずる。それもそのはず、3号艇のコクピットに座る大宮忠志の形相は、昨日までの貴公子然とした面影を完全に失っていた。その瞳はマブイの過剰摂取により禍々しい紫色に発光し、全身の毛細血管が浮き出ている。
「速水誠、そしてあの小娘メカニック……。大宮の歴史に土をつけたことを、その魂を刻んで後悔させてあげましょう。目覚めなさい、大宮橋右衛門の業、そして我が家門の真の主。……『からくり機獣・大ムカデ(百足)』!!」
忠志が血を吐くような咆哮と共に、機体の底にある巨大な封印レバーを破壊した。
その瞬間、尼崎の水底から地鳴りのような咆哮が響き、全長20メートルに及ぶ、漆黒の節だらけの鋼鉄の機獣が解き放たれた。
「全艇、異常事態の中でスタートしました!! 1番・誠、2番・西野、3番・大宮! コンマ10前後のスリット通過……っ、ああっ、誠の39号機がおかしい! 速度が全く上がらない!!」
誠がスリットを駆け抜け、1マークへ向け全速旋回に入ろうとしたその時だった。
水面下、深さ1メートル付近から、鋼鉄の鎌のような「節足」が、まるで意思を持つ植物のように数十本も伸び上がった。それらは39号機のスクリューを絡め取り、船底の装甲をガッチリと掴んで離さない。
「なっ……機体が、重すぎるっす!! 船底から何か巨大な力で、水底へ引きずり込まれそうっす!!」
誠は懸命にハンドルを切るが、機体は水面に張り付いたまま動かない。
大宮橋右衛門が古代のからくり遺産を転用して作り上げた「大ムカデ」は、自らの節だらけの巨体を「水中レール」のように変形させ、誠の進行方向に先回りして待ち構えていたのだ。
(フゴォォォォォォォォォン!!!!!)
誠の膝の上で、相棒のシロがこれまでに聞いたこともないような、魂を震わせる警戒の咆哮を上げた。シロの黄金の瞳には、水面の下で鎌首をもたげる、巨大な鉄の牙と、毒々しい紫の光を放つ機獣の目が映っていた。
次の瞬間、水面が爆発したかのように盛り上がり、大ムカデの「頭部」が、39号機のサイドカウルを噛み砕こうと、巨大な顎を開いて迫り来る!
「誠! 下がるな! そのまま突き進め!!」
絶体絶命の誠の真横。2コースから並走していた「福岡ポンコツ会」会長・西野貴志が叫んだ。
西野の4号艇が、大ムカデの硬質な胴体に向けて、自ら激突を仕掛ける。
「大宮! レース中に機獣ば放つとは、外道もいいところバイ! 競艇は人間と犬のマブイで走るもんたい! こんなデカい虫に頼る奴は、俺が纏めて消毒してやるっちゃんね!!」
西野が機体のリミッターを解除した。
『奥義:爆炎・地獄蒸し(じごくむし)』!!
西野の機体周囲が、太陽の表面温度に匹敵する極超高温の熱界に包まれる。ムカデの鋼鉄の装甲が、西野の放つ圧倒的な熱量によって瞬く間に赤熱し、金属の悲鳴を上げ始めた。
「熱いか! 鋼鉄のムカデなら、真っ赤に焼いて脆くしてやる!!」
西野がゼロ距離から最大出力で放った炎。それによってムカデの制御系が一時的な熱暴走を起こし、誠の39号機を掴んでいた節足の力が一瞬だけ、しかし決定的に緩んだ。
からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新
> 【禁忌発動】大宮忠志、伝説の巨大ムカデ型機獣で誠を襲撃! 尼崎の水面は炎と鉄の地獄絵図! 西野貴志の命懸けの加勢により、誠に一筋の勝機が!? 累計PVは驚愕の7億8,000万を突破!! 世界中が『本物の怪獣決戦』に息を呑む!!
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【予選第9R:1マークの死闘・データ解析】
| 選手 | 状況 | マブイ残量 | 備考 |
| 速水 誠 | 拘束離脱中 | 40% | あかり整備の「超高圧ボイラー」を限界突破で使用。 |
| 大宮 忠志 | 狂気と反動 | 5% | 機獣制御にマブイを削られ、鼻血を出しながら狂笑。 |
| 西野 貴志 | 決死の援護 | 10% | ムカデを赤熱させ、誠の退路を確保。 |
「師匠! 聞こえるっすか!!」
ピットの無線から、野田あかりの絶叫が届く。
あかりはタブレットで大ムカデのスキャンデータを高速解析し、その弱点を突き止めていた。
「そのムカデ、継ぎ目の『第13節』にメインの制御コアがあるっす! 装甲は西野さんの炎で脆くなってるっす。そこを師匠の『黄金マブイ』で一点集中で撃ち抜くっす!! そうすれば、ムカデは自壊するっすよ!!」
「……了解、あかり! シロ、黄金の牙を、あの節に叩き込むぞ!!」
誠は姿勢を立て直した。
39号機のエンジンが、あかりのオーバーホールによって生まれ変わった、これまでにない咆哮を上げる。
誠の黄金のマブイが、ボートの先端に鋭いドリル状の槍となって集束された。
「どけぇぇ! 俺たちの道を邪魔するな!!」
誠の39号機が、赤熱したムカデの第13節に向けて、超速の突進を仕掛ける。
それは、大宮家の呪われた歴史を打ち破り、三冠へと続く「光の道」を切り拓く一撃。
「馬鹿な……その機体、なぜまだそんな出力が……ぐはぁっ!!」
忠志が吐血し、ムカデの巨大な体が黄金の衝撃を受けて、断末魔のような金属音と共に水面で激しくのたうち回った。
尼崎の静水面が、黄金の爆光に飲み込まれる――。




