第143話最終の激闘、江戸川に降臨する「神」 ― 12R・王座を賭けた最終決戦 ―
2030年4月22日、午後4時45分。
江戸川競艇場は、予選最終日のメインディッシュ、第12レースを迎えようとしていた。
傾きかけた夕陽が中川の濁流を赤黒く染め上げ、散り際の桜がその表面を覆い尽くしている。だが、穏やかな光景とは裏腹に、水面は物理法則を無視した「特異点」へと変貌しつつあった。
ピットでは、山口支部の「泥の王者」速水誠が、己の39号機を極限まで研ぎ澄ましていた。しかし、彼を待ち受けていたのは、これまで戦ってきたどの相手とも異なる、異次元の強豪たちであった。
愛知遠江支部の絶対的守護神にして、夏の暑さと「冷やし中華」を愛する変人、河合準。
その妻であり、夫のマブイ出力を精密に制御する献身のレーサー、細田あおい。
河合の同期にして、瓜生俊樹の「無」に最も近い領域に住まう静寂の暗殺者、進藤司。
そして、大阪支部の新世代、あらゆる機体の電子制御をハッキングする「ペラ・ハッカー」下山勤。
「速水くん。江戸川の泥は、あなたの若々しいマブイを飲み込むには少し『味が薄い』ようね。私の『真・冷やし中華理論』で、その煮え繰り返った黄金マブイを、キリッと冷やしてあげましょう」
河合準は、ピットのベンチに腰掛け、なぜか季節外れの「マヨネーズ入り冷やし中華」をズルズルと音を立てて啜っていた。その様子は一見して緊張感に欠けるが、彼の周囲の空気は、吐く息が凍るほどの絶対零度に達している。
河合の同調マブイ数値は「29000(ニクマルマルマル)」。
その圧倒的な冷却波動は、江戸川の上げ潮と完全に同期し、周囲の泥水を瞬時に分子レベルで整列させ、摩擦ゼロの氷壁へと変えていく。
誠がチルトレバーを叩き込み、チルト3.5という禁断の角度に設定する。
シロの古代紋様が真っ赤に熱を持ち、39号機の排気口からは、冷気と熱気がぶつかり合った際に生じる猛烈な蒸気が白煙となって吹き出した。
「誠さん。そのチルト3.5、あまりにバランスが不安定ですよ。僕の『ペラ・ハック』で、この場で角度を0.5度ほど、僕の走りやすいように強制修正させてもらいますね」
大阪の天才・下山勤が、コクピットに持ち込んだタブレット端末を高速で操作する。
彼は物理的な力ではなく、マブイの波動を「信号」として他艇の制御チップへ流し込み、旋回軌道を上書きする電脳戦のスペシャリスト。誠の39号機の姿勢制御プログラムに、下山のノイズが侵食を開始した。
「……やめとけ、下山。今の誠は、ノイズさえも推進力に変える熱帯魚だ」
進藤司が、一切の感情を排した声で囁いた。
進藤の機体は、瓜生の「無」をも凌ぐ**『無音・霧旋回』**を展開。機体周囲に発生させたマブイの霧が、音波とレーダーを完全に吸収し、他者の視界からその存在を抹消する。
「さあ、予選最終日! 第12レース、ついに号砲です! 河合が出た! いや、内側から進藤が消えた!? 下山が電子の海でペラを叩き直す!! そして速水誠は――誠はチルト3.5の推力で、江戸川の水面を完全に拒絶したぁぁ!!」
カササギPVは、この歴史的激突を前にして、驚異の2億8,000万を突破。
1マーク。そこはもはやボートレースの旋回場ではなかった。
河合準が放つ「氷結波」が、水面を凍土へと変える。
下山勤が操作する「旋回ノイズ」が、物理的な座標を歪ませる。
進藤司の「無の静寂」が、因果関係を遮断する。
三つの異なる力が重なり合い、1マークの空間は光さえも屈折する「特異点」と化した。
誠の39号機は、その混沌の渦の中心を、**『黄金・野性波切』**の一撃で真っ向から突き破った。
下山のハッキングによる挙動の乱れを、異常振動による肉体の「痙攣」で相殺。河合の氷を、シロの熱き紋様で瞬時に昇華。進藤の静寂を、黄金の咆哮で打ち砕く。
誠の機体は水面から3メートル、「真の空」へと跳躍し、誰よりも早く旋回軌道を完成させた。
からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新
> 【最終決戦】速水誠、チルト3.5で江戸川の空へ! 河合、進藤、下山――ベテランと天才たちが仕掛けた特異点の罠を、誠が『黄金の翼』で粉砕!! これが山口の、泥と空の覇者だ!!
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【第12R:1マーク決着後の情勢】
| 順位 | レーサー | 状態・マブイ出力 | 備考 |
| 1位 | 速水 誠 | 黄金臨界点、マブイ120% | 特異点を突破。空中から独走態勢へ。 |
| 2位 | 河合 準 | 冷やし中華冷却、マブイ95% | 「やるじゃない。私の冷気を蒸発させるとはね」 |
| 3位 | 進藤 司 | 無音の霧、マブイ80% | 誠の影に潜み、バックストレッチでの逆転を狙う。 |
| 4位 | 下山 勤 | 演算オーバーロード | 「あ、ペラのエラーが出た……。熱すぎだよ誠さん」 |
| 5位 | 細田 あおい | 献身の守護 | 「準さん、無理しちゃダメ! 後のケアは任せて!」 |
堤防の上では、野田あかりがメガホンを振り回して叫んでいた。
「師匠! ギャル的には、空中でアクセル全開以外の選択肢はないっす! そのまま太陽まで飛んでいくっすよ! 落ちたら海っすけど!!」
その隣で、瓜生俊樹が静かに、しかし確信を持って呟いた。
「……あれはもはや鳥じゃない。江戸川という概念そのものを超えた、何かの始まりだ」
誠は空中で、バックストレッチの泥水を見下ろしていた。
河合の追撃、進藤の不気味な気配、そして下山の再ハッキング。
予選最終日の戦いは、まだ終わらない。
しかし、誠の瞳には、遥か先にある「優勝戦」の光が、黄金色に輝いて映っていた。
「見せるぞ、山口の意地……。俺たちが、江戸川の空を塗り替える!!」




