万衆の魂、黄金の戴冠へ
2030年5月10日。
江戸川の空を黄金に染め上げた『マブイ開花賞』の熱狂が冷めやらぬまま、舞台は西の聖地、岡山・備前競艇場へと移っていた。
瀬戸内の穏やかな海面に、備前特有の「魂を喰らう」と称される複雑な二枚潮が渦巻く。その名も『万衆衆魂祭』。二年連続の優勝を飾っている俺にとって、ここは三連覇という歴史的快挙が懸かった約束の地である。しかし、ピットに足を踏み入れた俺とスーを待ち受けていたのは、歓迎の拍手ではなく、五臓六腑を突き刺すような濃密な殺気の壁だった。
今大会はもはや通常のSGを凌駕している。各支部の業師、そして理外の力を持つ怪物たちが、江戸川で覚醒した黄金の新人を仕留めるために集結していた。
「誠。この備前は、私が喰らうまでその白銀を錆びつかせないように見張ってあげるわ。前だけ見て走りなさい」
山口支部の守屋あおいが、愛犬ヘラの頭を撫でながら俺の隣に立つ。彼女の放つ冷気は、備前の初夏の陽光さえも遮るほどに鋭い。だが、その背後に控える面々の圧力が、あおいの冷気さえも押し返していた。
「誠くん、江戸川では見事にやられたバイ。ばってん、この備前は俺の弟子たちも一緒。佐賀の軍団を舐めたら、その黄金の羽ごと焼き尽くされるぞ!」
佐賀支部へと電撃移籍し、さらにそのカリスマ性を増した絶対王者・大峰幸太郎。彼の左右には、負けん気の塊のような宮地明と、底知れぬポテンシャルを秘めた新星・下野慎太郎が控え、鉄壁の佐賀ラインを形成している。彼らが放つマブイは、あたかも巨大な火龍がトグロを巻いているかのような威圧感を放っていた。その龍の背後から、さらに凶悪な火種が燻り出す。福岡支部の特攻隊長、西野貴志だ。
「大峰、誠……まとめて俺の4カド捲りで、バーベキューにしてやる!」
西野の周囲には、物理的な熱量を持った爆炎のマブイが渦巻き、ピットのコンクリートをチリチリと焼いていた。
今大会の恐ろしさは、単純なパワーによる正面突破だけではない。俺が得意とする空中戦やマブイの瞬発力を、根底から否定するような異能の持ち主たちが顔を揃えていた。
江戸川でも俺の前に立ちはだかった愛知の水谷佳恵は、マブイ出力0、外装デバイス0という、俺とは真逆の意味での無の使い手。その精密なチルト3度の滑空は、俺のスカイ・ハイを技術の差で叩き落とそうと虎視眈々と狙っている。さらに長崎の山口真季奈と大阪の下山勤という究極のペラ巧者コンビは、備前の複雑な潮目をミリ単位で解析し、水流を味方につける魔法の羽根を完成させていた。そして東京の石田健太郎は、パグのミヤビと共に不気味なほどの静寂を纏う。彼のマブイは『ナイトサイレンサー』。日が沈み、ナイターの照明が灯る時、彼のマブイは他者の感覚を奪う暗闇へと変わるのだ。
「師匠……今回のメンツ、ギャル的にマジで詰んでるっすよ。見てください、あの人……石神正広さん。コアマブイ数値、53,000っすよ!? 師匠の53倍とか、もうバグっす。引くっす……」
弟子の野田あかりが、タブレットに表示されたデータを見てガタガタと震えている。俺の愛機・39号機の整備を急ぐ彼女の手も、かつてない緊張で強張っていた。
俺のコアマブイ数値は、測定不能の瞬間を除けば依然として「1,000」。からくり競艇界の常識からすれば、50,000を超える怪物たちと同じ土俵に立つことさえ不可能な数字だ。
しかし、俺の隣には、江戸川で伝説の咆哮を上げたパグのスーがいる。スーは「フゴッ」と短く鼻を鳴らすと、俺の足元に体を擦り寄せた。その瞬間、俺の体内に、静かだが消えることのない黄金の熱が灯る。
「1,000のマブイで50,000に勝つ。それが山口の、俺のスタイルだ。三連覇、絶対に誰にも譲らない!」
俺が宣言したその瞬間、ピット全体の殺気が一点に集中した。
【からくり競艇公式YouTube『カササギ』Template更新】
> 【三連覇なるか】速水誠、備前万衆衆魂祭に降臨! 対するは佐賀・大阪・愛知の最強異能軍団、開催前PVは既に1億を突破!!
迎えた第1レース。俺は早くも爆炎の西野貴志、 Alexander そして愛知の若手・岡野銀太と激突することになった。
「西野さん……お手柔らかにお願いします」
「言うたね誠! 手加減なしのフルスロットル・バーニングバイ!!」
進入は枠なりの123/456。俺は1号艇、西野は4号艇の角位置。
スタートの瞬間、西野の機体から巨大な火柱が上がった。
奥義――『エクスプロージョン・ボルト』!!
西野のマブイが燃料と共鳴し、スタートラインを凄まじい速度で通過する。内側の2番、3番が一瞬で飲み込まれ、西野の赤い旋風が俺に襲いかかる!
「……スー、省エネモードから一気に全開だ!!」
俺は敢えてマブイを温存し、西野の熱を利用して上昇気流を発生させた。江戸川で培った空中の感覚。西野の爆炎を、自らの機体を浮かせるためのエネルギーへと変換し、俺の39号機は炎の渦の中から黄金の閃光となって飛び出した!
「なっ……俺の火力を踏み台にしただと!?」
西野の驚愕を尻目に、俺は最小限の旋回半径で1マークを全速でクリアした。
だが、その直後、1マークを鮮やかに駆け抜けてバックストレッチへと飛び出した俺の耳元に、あおいの鋭い無線パルスが容赦なく飛び込んできた。
「誠、油断しないで」
視界をバックストレッチの激しい風圧と水飛沫が白く染めるなか、俺の横には愛知の岡野が不気味に並びかけてくる。俺の三連覇に向けた、最も過酷な一週間が、今ここに爆音と共に幕を開けたんだ!




