毒花咲き乱れる水面
二〇二九年七月十九日。ボートレース宮島。
前節のG1宮島ダービーが二億五千万PVという金字塔を打ち立てたその余熱を抱え、今節は「宮島レディースダービー」が開幕した。
宮島G1優勝後に山口支部の正式チーフ整備士に昇格したあかりを連れ、俺はピット裏からそのレースを静かに見守っていた。
開幕を前に、三人の存在が水面を支配していた。
福井支部の山本玲奈。藤島武士の系譜を継ぐ「秩序の申し子」だ。
「誠くんが「理」を越えたのなら……私はその「波切」さえも、福井の流体で飲み込んでみせるわ」
全国で唯一、河田さんを超えるコアマブイ十二万を持つ大阪の女王・鎌倉明奈。彼女のオーラは宮島一マークの制空権を支配する圧倒的な存在感を放っていた。なぜ今まで姿を見せなかったのか——その理由は、本人だけが知っていた。
そして、恐怖の安全リミッターを持たない兵庫の竹下莉々華。計算された技術ではなく、純粋な「命の全開放」で水面を割る、この世界で最も危険な走り手だ。
開幕直後の第一レース、竹下が仕掛けた。
「いっけぇぇぇ! 「過負荷奔流」――っ!!」
計算された波切ではなく、ただの「肉弾突撃」が、隣艇との間に生じたわずかな隙間を物理的に粉砕。高さ十メートルの巨大な水柱が、厳島の大鳥居を隠さんばかりに爆発した。
誠の足元でスーが、その爆発を静かに見つめて一度だけ鼻を鳴らした。
「あかり。女子のレースをよく見ておけ。水と、風と、そして相手の心と「同期」するんだ」
チーフ整備士になったばかりのあかりが、ギラつく瞳でモニターを睨みつけながら頷いた。
カササギのPVカウンターは、女王・鎌倉の登場を前に三千万パケットへと向かって加速を始めていた。




