「メイドさんを横に乗せるのは初めてばい。なんかドキドキするねぇ」
異邦人とはこのことか。
菜摘は春斗の実家でテレビを見ていた。
テレビに映っているのは見たことも聞いたこともない町。聞こえてくるのは聞き覚えのない方言。全国区の芸人が地元でやっている街ブラ番組である。アウェー感が強い。
「メイドさん、梨ば食べんね?」
「あ、いただきます」
春斗の母親が梨を持ってきてくれた。春斗といえば、高校の友人と飲みに出かけている。というわけで、今は春斗の母親と二人きり。幸い、彼女は気さくな性格で、何かと声を掛けてくれている。気まずい雰囲気はない。
「ほんとにあん子は、メイドさんほっぽって飲みん行って。何ば考えとっちゃろねぇ」
「まぁ、元々予定があったみたいですし。部外者のわたくしがついていくわけにも参りませんし」
「そうねぇ。どうせ八兵衛やろうし。メイドさんが行ってんしょんなかよ」
「はちべえ?」
「焼鳥屋ばい。狭かし汚かけん、メイドさんのごたる若か女の子が行くとこじゃなかよ」
別にそういうところは気にしないし、焼鳥ならそういうお店のほうが美味しいような気がする。機会があれば連れて行ってもらおう。
母親がむいてくれた梨を食べてみる。甘くてみずみずしい。いい梨である。
そのとき、バイクの音がしたかと思ったら、勝手口が開いた。
「ただいま~」
若い女の声だ。菜摘は一昨日からこの家にいるが、この家に若い女はいなかった。
「車あったっちゃけど、春ちゃんはおらんとね?」
居間の引き戸を開けたのは、茶髪を一つ結びにした背の高い女だった。顔は春斗によく似ている。姉か妹だろうか。
「冬。どげんしたとね」
「……母さん、いつん間にメイドさんば雇ったと?」
「春が連れてきたとよ。春のお世話してくれちょる、菜摘さん」
「これはこれは。いつも弟がお世話になってます。うちは春斗の姉の、馬田冬海っていいます」
姉というには苗字が違う。嫁いでいるのだろうか。
「ご丁寧にありがとうございます。わたくし、メイドの秋月菜摘といいます」
立ち上がってカーテシー。一応メイドなので、こういうこともできる。
「アニメとかゲームで見たやつだ。メイドさんって実在しとったとね」
「メイドは空想上の生き物じゃないですよ」
冬海は居間に座って、梨をつまむ。
「春ちゃんはどこ行っとっとね?」
「ジョニーちゃんのところよ」
「あー、いつものね。ほんなこつ、寄って損したばい」
冬海の言い方から察するに、春斗の帰省の度に行われている飲み会なのだろう。
「……失礼ですが、冬海様は人妻ですか?」
「言い方。そうよ。今日は仕事が早く終わったけん、春ちゃんに会っとこっち思って来たとに、肝心の春ちゃんがおらんって」
冬海はぼやきながら、鞄の中からビニール袋を取り出して、菜摘に渡す。
「これ、春ちゃんに頼まれとったグッズ。後で渡しとってくれる?」
「グッズですか」
「ゲームのコラボグッズ。こっちでやっとったイベント限定品らしかけん、頼まれとったとよ」
「ゲームのグッズですか。あまり集めてる印象はありませんでしたが」
「うちの旦那もやっとるけん、揃ったらゲームの話ばっかしとるよ。まったく、いい大人が」
そのとき、菜摘の携帯が鳴った。春斗からだ。
「失礼。もしもし」
『酔~っちゃ~ったよ~』
電話越しの声は明らかに出来上がっていた。時刻は20時を過ぎたところ。一次会が終わったのだろうか。
「切りますよ」
『ま、待て。迎えに来てくれ』
「送迎はないんですか?」
『一人、完全にのびちまってな。そいつの嫁さんに送ってもらう計画だったんだけどよ、そいつの介抱で精一杯やけん。これで解散になったったい』
地元にいるせいか、春斗は方言混じりになっている。
「……仕方ありませんね。行きますよ、お迎え」
『母ちゃんから軽四借りたらよかろう。それならメイドでん運転できるだろ』
「かしこまりました。これもメイドのお仕事です」
電話を切って、ため息をつく。春斗からはマップアプリの座標が送られてきた。土地勘はないので、スマホのナビ頼りになりそうだ。
「どげんしたと?」
「迎えに来て欲しい、と」
「あ、じゃあうちも行くよ。春ちゃんの車、運転したかし」
冬海が嬉しそうに立ち上がった。
「あの車、ミッション車ですよ?」
「だけんよ。久々に良か車運転できるわ」
「では、お願いします」
「メイドさんも一緒に行かんね。もうちっとお話ししたかし」
「はぁ、それは構いませんが」
「じゃあ決まり。母さん、行ってくるわ」
「気ぃつけてね」
冬海が春斗の車の鍵を持って、外に出る。菜摘もその後を追った。
車庫には春斗のスポーツカーと母親のピンク色の軽自動車の他に、小さな赤いバイクが停まっていた。ナンバープレートはピンク色だ。
「こちらのバイクは?」
「ああ、うちの。通勤用よ。家の車がつまらんけん、ちょっとは面白かとが欲しくてね」
「お好きなんですねぇ」
「結婚するまではスポーツカーに乗っとったっちゃけどねぇ。旦那はオートマ限定やし、家の駐車場も1台分しかなかけん手放したと。やけん、こげんスポーツカーに乗れるのは嬉しかね。まぁ、20分あれば着くっちゃけどね」
冬海は慣れた手付きで盗難防止装置を解除し、運転席に乗り込む。菜摘も助手席に座った。
「メイドさんを横に乗せるのは初めてばい。なんかドキドキするねぇ」
「そう緊張なさらず」
「緊張はしてなかよ。……っと」
冬海はシートポジションを調整し、エンジンをかけた。彼女の口角が上がったのが横からでもわかった。
「これでも昔は週末のたびに峠に通っとったけんね。こういう車に乗ると血が騒ぐわ」
「……お手柔らかに」
「大丈夫大丈夫、今は紳士……じゃない、淑女か」
冬海は慣れた手つきでギアを繋ぎ、車庫から出る。
「相変わらずあの子は訳わからん洋楽ばっかかけとるね」
カーステレオがHDDからFMラジオに切り替わった。
「流行りはわからん、と仰ってましたよ」
「昔もそげん言っとったよ。前の彼女のときは努力しとったみたいやけどねぇ」
「前の彼女、ですか」
そういえば、その話は聞いていない。
「あざとか子やったけん、うちは好かんかったね。顔は可愛かったっちゃけど」
「それは聞いたことありませんでした」
「悪か別れ方したみたいやけん、あんまり言いたくないっちゃろ。……って、うちが言ったらいけんね」
そんな話をしているうちに、春斗からメッセージが来た。
「……えっと、さんつき? の交差点のコンビニにいるそうです」
「三ツ木ね。オッケー、ちょうどいいコース」
しばらくの間、田んぼばかりの道が続いていたが、少しずつ人家が増えてきた。とはいえ、目立った建物はなく、いかにも地方都市といった趣である。人通りはほとんどなく、すれ違う車もまばらだ。
「ここ入ったとこにあるラーメン屋が美味しかったとよ。みんなヤクザラーメンっち言っとったね」
「ヤクザラーメンって酷いお名前ですね」
「大将の顔が怖かったし、指が一本無かったけんね。小指じゃなくて中指やったけど」
「それは機械か何かに挟まれたんでしょうね……」
「まぁ言っとったとは学生の頃やけん。若気の至りってことで。もう閉めりんしゃったけどね」
「あら、それは残念です」
店主の顔もだが、ラーメンの味も気になっていたところなのに。
「他に美味しいラーメン屋はありませんか?」
「うーん。うちが好いとったとはあそこ。ほら、あそこよあそこ」
「どこですか」
「アレ。えーっと、そうだ。ともちゃん! もうちょっと行ったところにある、ボロかけど地味に美味しかとこよ」
「ふむふむ」
「店はボロかけどね、味は保証するばい」
雑談をしているうちに、三ツ木という交差点が見えた。その横に青いコンビニがある。
「あのコンビニでしょうか」
「と思うわ。……はい、到着。春ちゃんに言ったげて」
田舎のコンビニらしく、駐車場が広い。冬海はその端に停めた。探させるつもりだろうか。
「はい。今つきました、と」
メッセージを送ってすぐに、春斗がコンビニから出てきた。土産だろうか、手には袋を持っている。しばらくきょろきょろしているうちに、こちらに気付いたのか歩いてくる。
「やっぱ姉貴か」
春斗は後部座席の扉を開けて、乗り込んだ。
「あら、なんでわかったと?」
「俺の車あるし、メイドは車校出てからミッション運転したこつないっち言っとったけん。わざわざリスク背負うような奴でもなかし」
「それ、褒めてますか?」
「どうとでも取れ。ほれメイド、土産の飲み物だ」
春斗が出してきたコンビニ袋には、プライベートブランドの飲むヨーグルトが入っていた。それと、チョコレート菓子の小袋が何種類か入っている。
「うちにはなかと?」
「急に来やがったけん、買って来とる訳なかろうもん」
「後で飲みますね。ありがとうございます」
冬海が車を発進させた。行きとは違う道を通っている。比較的大きめなショッピングセンターと高速道路のインターチェンジだ。それと大きなパチンコ屋。
「まさか春ちゃんがメイドさん雇っとるとはねぇ。たまげたばい」
「野良メイドらしかけんね。行くあてがなかと」
春斗が方言で喋っているのは新鮮だ。
「……野良メイド?」
信号待ちの間に、冬海が怪訝そうな目でこちらを見てくる。初見で理解できる単語ではないとは思う。
「酔ってらっしゃるんですよ。何ですか野良メイドって」
「てめぇ裏切りやがったな……」
「まぁ女性不信は治ったっぽいね。よかったよかった」
「その話はやめてくれんか」
春斗の口調は静かだが強かった。それで色々察したのか、冬海もそれ以上続けなかった。
「そういえばメイドさん、せっかく九州に来らしたけん、どっか連れてってもらったとね?」
話題の逸らし方が露骨だ。
「そうですね。阿蘇山に連れて行っていただきましたよ。大観峰とか、草千里とか」
「それは良かったやん」
「ほぼ車内でしたが」
春斗のドライブに付き合わされていた感じだ。彼は非常に上機嫌だった。腐ってもメイドなので、主人の上機嫌な姿を見ることができたのは何よりだ。少々退屈ではあったが、眺めはよかった。
「それ、春ちゃんが走りたかっただけじゃなかと?」
「それはそうだが」
「少しは否定せんね」
この姉弟は趣味も似ているし、仲が良かったのだろう。菜摘は二人のやり取りを聞きつつ、車窓に流れる風景を眺めていた。
4年ぶりの更新とかマ?
方言については突っ込まないでください。




