93、神による度重なる危機(オリジン・エルフ)
ポーンという電子音と共に、久しぶりの通知ウィンドウが自動的で立ち上がる。
これは運営である自分……いや、エルフの神に向けてのものだと、オリジン一樹は表示された内容を確認しながらステラがギルドから出てくるのを待つ。
「お待たせしました」
「では、行きましょうか」
そう言って微笑んだオリジンは、身をかがめてステラの膝を抱える。
突然のお姫様抱っこにステラだけでなく、野次馬であるプレイヤーやNPCのどよめく声が周囲に響く。
【風の精霊よりプレイヤーの危機を感知、移動しますか?(YES/NO)】
何やら意味不明な言葉を発しているステラ。落ち着くようギュッと強め抱きしめ静かになった彼女を抱き直すと、オリジン一樹はウィンドウに表示された【YES】を選ぶ。
「み、緑の光……精霊?」
「精霊が見えるのですね。申し訳ないのですが、加護している者の危機なので飛びますよ」
「飛ぶ……?」
マッチョなエルフに抱えられた美人なギルド職員は、緑に光に包まれた次の瞬間その場から姿を消した。
後衛が不足している。それは当初から分かっていたことだった。
精霊魔法で前衛を支援するよりも自分の身を守ることを選択したミユだが、次々に襲いかかってくるトカゲの魔獣をさばききれずに逃げ回っていた。
「なんか急に増えてない!?」
「誰か回復役を守ってやれ!!」
「ちょっ、無理っ、ムサシどうにかしなさいよ!!」
ミユの元へと戻ろうとするアイリの近くに、数匹のトカゲ魔獣が沸いて出る。アヤメとムサシは突撃したため離れた場所で交戦中だった。
たまたま魔獣の多く出る場所で戦ってしまったらしく、見事に戦力が分断されてしまっている。
「きゃっ!!」
「ミユ!!」
レベルを上げたため、多少ダメージを受けても倒れることはない。しかし回復職にありがちの魔力の上りは早いが体力が低いままという状態のミユは、すでに体力ゲージが半分以下になってしまっている。
「風の守り!!」
何とか攻撃を避けてはいるが、このままでは魔力もなくなってしまう。まだ威力の高い精霊魔法が使えないため、攻撃すべてをかわすのが難しいミユは小さなダメージを受け続けていた。
「くっ……もう、無理……!!」
守ろうとする風の精霊がミユをふわりと浮かすと、魔獣から離れた場所へと降ろしてくれる。しかし体力がほとんどないミユはそのまま座り込んでしまった。
「あ……腕輪……」
オリジンを呼べる腕輪を見て、ミユはどうしようか迷っていた。彼に頼りっきりになるのが申し訳ないという思いと、こんな敵に負けてしまう悔しさで彼女の心はいっぱいになっていたのだ。
それでもここでダウンすれば、この場所に戻るまでかなり時間がかかってしまう。回復役がいないと、パーティを組んでくれたムサシとアヤメに迷惑をかけてしまう。
「ダメ!! それだけはダメ!!」
治癒魔法を発動させ、魔力を回復する薬を急いで飲む。それでも危機的状況なのは変わらないが、多少回復したことによって気持ちに余裕が出てきた。
「オリジン様に頼ってばかりじゃいられない!! お願い!! 風よ魔獣を切り裂いて!!」
心なしか先ほどよりも威力の強い風が魔獣を切り裂く。そこにアイリが飛び込んでとどめを刺していった。
「ミユ! やるじゃない!」
「ふぅ……なんとかなった?」
「まだピンチは続いているけどね!」
疲れの見えるアイリに支援魔法をかけてはいるが、長すぎる戦闘に集中力が切れかけている。
もうダメかと思った二人が冷んやりとした風を感じたその瞬間、再び彼女たちに襲いかかろうとしていたトカゲ魔獣は大きな氷柱に首の部分を貫かれた。
「氷魔法!?」
「プレイヤーか!?」
驚くムサシとアヤメの周りにいた魔獣らも次々と氷柱の攻撃を受けている。まだ息のある魔獣にとどめを刺した二人がアイリとミユの元へと戻ると、冷たい空気の発生源である岩の向こうから出てきたのは……。
「……何やってんの」
半眼で睨むアイリの横で、混乱のあまり涙目になるミユ。
ムサシとアヤメも出てきた彼らを見て唖然としている。
「ただいま戻りました。ステラさんの氷魔法はすごいですね。……おや、皆さんどうしました?」
美丈夫のエルフは笑顔で話しているが、彼の抱きかかえている眼鏡美人は空色のポニーテールを震わせ顔を真っ赤にしている。
自分へ向かれる(特にアイリの)視線の意味に気づいたオリジン一樹は、なるほどと頷く。
「ミユさんへの加護が発動したのはいいのですが、協力者であるステラさんがここへの移動で腰を抜かしてしまったのですよ。それで僭越ながら抱き上げて……」
「す、すみません!! お見苦しいところを!!」
ますます顔を赤くしてしまうステラは、もう泣きそうになっている。
涙目だったミユは状況を把握したものの、オリジンが自分以外の女性に触れるのを見るのは面白くない。しかしNPCに対して独占欲を出すのはおかしいと、複雑な心境になっていた。
なんとか立ち直ったステラは、ふらつきながらも立つことができた。まだふらりと揺れてしまうためオリジンが支えてやれば、ミユの頬は徐々に膨らんでいく。
「なんだか餅みたいね」
「アイリ、うるさい」
からかうアイリのせいで、ますます面白くないミユがこの場を離れようとすると、突然あたたかくいい香りに包まれる。
「ミユさん、無事で良かった……遅くなってすみません……」
「ふぇっ!?」
あたたかいのはオリジンに抱きしめられたと気づくまで数秒、そこから一気に顔が赤く染まっていく。
「ふふ、つむじまで真っ赤ですね」
くすくす笑うオリジンがそこに軽く唇を寄せるとミユはオーバーフローを起こし、くたりと全身の力が抜けてしまう。不機嫌そうに見えたが、自分に身を任せてくれるのかと勘違いして喜ぶオリジン一樹。
アイリは素早く取り出したハリセンで容赦なくオリジンを引っ叩き、いつもは無表情のムサシを爆笑の渦へと落とし込んだのだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
更新遅くてすみませぬー(´・ω・`)がんばりまっする。