92、相良への報告とステラの助力(森野一樹・オリジン)
ログアウトして起き上がれば、するりぬるりと流れ落ちる見慣れた蛍光ピンクの液体。
「うん。安定の不気味さだな」
なぜこの色にしたのか。未だに消化できていない一樹は、火の精霊王が消えてしまうという案件の報告をすっかり忘れていたことを思い出す。
「やばい……これって、怒られるよな……」
白いシャツにジーンズという、爽やかすぎるスタイルで部屋を出る一樹。さすがにインナーとしてTシャツを着ている。妹の愛梨から「素肌に白シャツは危険」と、強く言われているからだ。
人知れず愛梨は無防備な一樹を救っているのである。
やや腰が引けた状態で相良のデスクへ行くと、そこには目の下のクマが消えた上司の笑顔が一樹を迎えてくれる。
正直、めちゃくちゃ怖い。
「失礼ね。なんで私の笑顔が怖いのよ」
「いや、すみません、なんとなくです」
ひきつった笑いで誤魔化す一樹は、相良に業務報告を行う。
恐る恐る話す一樹だが、特に相良の表情は上機嫌のまま変わらない。
「精霊王の消失を食い止めてくれて助かったわ。王都のイベントの進行が遅れてて、急きょぶち込んだ水着イベントで手いっぱいになってたから」
「ああ、そうだったんですか。小さなイベントはよくあるので気にしてなかったんですけど、俺が関わっているって知って驚きました」
「連絡ミスしてごめんなさい。あと、水着がアレでごめんなさい」
「はぁ……あの水着は……まぁ、リアルの自分じゃないし男なんで、気にしなくていいです。依頼の報酬にも使っちゃいましたし」
「ふふふ、まさか報酬に入れるとは思わなかったわ。早くもネットで話題になってて、オリジン様様って感じね」
ホッとしたように息を吐いた相良は、真剣な表情で一樹を見る。
「本当にごめんなさい。まさか水着のイベントで集めたトカゲの魔獣が、火の精霊を食べちゃうと思わなかったのよ」
「え、火の精霊が消えたのって、イベントのせいだったんですか?」
驚きの事実に、それならば運営としても動いて大丈夫だろうと一樹は考える。
「うっかり寝坊してて、色々バグを見逃しちゃっていたのよ。通常業務は私がフォローするから、森野君は引き続き魔獣討伐の補助をお願い」
「了解です。じゃ、いってきます」
「よろしくー」
相良の目の下のクマは睡眠で取れたと知った一樹は、それならばゴリゴリ働けるだろうと通常業務のバグ処理などを任せることにする。
軽く食事をすませ、再び一樹はログインした。
王都のハンターギルドの男性職員のコウペルは、受付カウンターで目にも留まらぬ速さで書類を仕訳している。
ギルドマスター補佐であるステラが、数日ほど不在になるという通達がきたからだ。
「ステラさんが不在になる前に、これだけでも決済してもらわないと……」
ギルマスとほぼ同等の権限を持っているステラがいないと、ギルドの業務が成り立たなくなってしまう。多少減ったとはいえ、まだまだ多い渡り人のハンターギルド員が王都に滞在している今、数日でも決済が滞ることは避けたい。
「コウペルさん、昨日までの依頼書まとめました!」
「掲示板に貼るランク別、これでいいですか!」
「まとめてくれてありがとう。ランク別は君ならもう大丈夫、任せたよ」
忙しい時ほど落ち着いてゆっくりと……それでもどんどん速度を上げていくコウペルの作業が、ふわりと漂う花の香りでピタリと止まる。
手から書類をバサバサと落とす職員もいるが、それを注意する余裕は誰にもない。ギルド内にいる渡り人も唖然とした様子で香りの発生源を見ている。
「突然お邪魔してすみません。ここはハンターギルドでよろしいですか?」
「……ふぁ、ふぁい」
深く響くその声に腰くだけになりながらも、受付カウンターにいるコウペルは必死に返事をする。そんな彼の一生懸命さに、花が綻ぶような笑みを浮かべる美丈夫。
サイドにゆるりと流した銀色の髪、不思議な青色の瞳、白くすべらかな肌には金糸の刺繍が入った豪奢な深緑のマントがよく似合っている。
編み上げのサンダルからのぞく素足にさえ魅力溢れるエルフが、ギルド内へ入ってきた。
「ここのギルドマスターから、手練れの氷魔法使いがいると聞きました」
「ふぇ……しゅ、ゲホゲホ、ステラさんですね! 今お呼びします!」
ふらつく体を無理やり動かそうとしたコウペルは、そのまま倒れそうになり思わず目をつむる。しかし硬い床にぶつかる衝撃も痛みもなく、ただあたたかく良い香りに包まれた彼は軽く混乱する。
「はぇっ!? うぇぇっ!?」
「大丈夫ですか?」
いつの間にカウンター内に入ってきたのか、彼の動きは誰にも分からない。ただ精霊との親和性が高い者がいれば、彼らの周りに風の精霊が多く集まっているのが分かっただろう。
「……うちのギルド員を助けていただき感謝いたしますが、むやみに色気を振りまくのは控えていただいてもよろしいですか?」
「ああ、お仕事のお邪魔でしたね。すみません」
冷んやりとした空気を放っているステラは、水色の髪をサラリと揺らす。
そんな不機嫌そうなステラを見た美丈夫エルフは、顔を真っ赤にしたコウペルを椅子に座らせ、穏やかな笑みを浮かべ丁寧に謝る。
そういうことじゃないんだけど、と小さく呟くステラは、気を取り直して一礼する。
「あなたがエルフの神、オリジン様ですね。ギルドマスターから承っております。港町から火山周辺に大量発生した魔獣討伐、微力ながら協力させていただきます」
「ありがとう。すぐに出られますか?」
「ええ、もちろんです。……すぐに出た方がこちらの被害も少ないかと」
「被害?」
「失礼、こちらの話です」
「そう、ですか? では向かいましょう。よろしくステラさん」
「うっ……、よ、よろしく、おねがいしマス」
オリジンの笑顔を真正面から見たステラは一瞬、既視感のような何かを覚える。しかし、匂い立つ色香にその何かが吹き飛んでしまった。おそるべし、オリジン・スマイル。
色々な意味で不安な旅になりそうだと、ステラはメガネを指で押し上げるのだった。
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