第三話・容赦はしない
「ねえ、すみれ姉さん。人間って、現実感に乏しかったり、慣れちゃったりしちゃうと、どんなに恐ろしいことでも平気でこなせるようになってしまうんだね」
「………何があったのか知らないし、聞く気もないけど。あたしらみたいな年代が、賢しらに吐く台詞じゃないと思うわよ?」
「………そだね」
「それにしても美味しいね、この麻婆豆腐!やー、あんたが来てくれていろいろ助かってるけど、食の充実が一番嬉しいわ!」
「すみれ姉さんも少しは料理勉強しないと。結婚したりとかすると、困るんじゃないの?」
「そんなのまだ先の話だし。でもそうね、いざとなったら、あんたがもらってよ」
「なに馬鹿なこと言ってんのさ。おかわりは?」
「ちょうだい!………割りと本気だけどね」
「え?何?」
「なんでもないわよ!」
★
「申し訳ありませんお客さま。当店では遊戯台での飲食はお断りさせて頂いてまして…」
「あ?何お前。うざいんだけど」
どこかのコンビニで買ってきたらしい弁当や菓子を、コンパネをテーブルがわりにして食べている男性客を発見してしまった。
やれやれですよ。
「別途設けております飲食用のスペースがございますので、そちらをご利用下さいませ」
「はあ?なんでわざわざそんなめんどーなことしなきゃならねーの?こんなのちょっとの間のはなしじゃんか」
「当店の…」
「うぜえっつってんの!メシがまずくなるし!あのさ、俺、客だよ?おまえ何様なわけ?マジうぜえ、いいから消えろよ」
「仕方ないですね」
「やっとかよ。犯罪とかじゃねーんだし、んなことでいちいちお客さまを不愉快にさせんなや。このバー」
チャ。
腰の両脇、サイドドロウのホルスターから二丁のガンコンを抜き放ち、超至近距離で腹部にポイントする。
「理性的に対話で解決したかったのですが…」
ドパン!
「こっ!?」
ドパン!
「ぷ!?」
ドパン!ドパン!ドパン!ドパン!ドパン!ドパン!ドパン!
きりもみしながら吹き飛び、血まみれでばたりと倒れる男。
ふう。
「またつまらぬものを撃ってしまった」
気を失っている男性をずだ袋に押し込み、弁当や菓子も包み直して一緒に放り込むと、ダストシュートへイン。
「やあやあ新人くん。なかなかにエグい銃殺っぷりだったね!ぐっじょぶ!」
いつの間にかこころさんが後ろに立っていて、ずぴし!とサムズアップ。ほんわかのほほんと微笑っている。
「こんなことで褒められても、なんとも微妙な気分ですよ」
「えー?なんでだい?」
《芸夢之塔》で働きはじめて、およそひと月ほど。
未だに理解も納得もしてないけど、そういうものなんだと無理矢理に飲み込んで、こうして、極めて特殊なこの店の接客にも少しずつ慣れてきてしまった。
そう。
慣れてきてしまったのだ、恐ろしいことに。
今では、さっきみたいな凄惨な殺戮対応もこなせるようになってしまったのである。
そりゃねえ。
勤務のたびに、さも当たり前のごとく、人間がゴミのようにぶっとばされ、捨てられてる光景を、何度も、何度も、何度も、見てたら。
しかも。
それを、他のお客さんも、なんでもないことのように苦笑いで見てたり、中には喜んでいる人までいるのを知ったら。
健常な感覚なんて、さくっと麻痺しちゃいますって。ふふ、人間の適応力って素晴らしい。
★
「でも、相変わらずまどろっこしい対応してるよね、新人くんは。ぱぱっと殺っちゃえばいいのに」
「や、一応ですね?」
む。
なんすか。
肩をすくめて、首を振って、やれやれってな感じで。
「いいかね、新人くん。これはとても大事なことなんだけど」
「はあ」
「お客さまは、神様なんかじゃねえんだよ」
「………」
「………」
おうふ。
微塵のためらいもなく、ばっさりと言いきったぜ、このお方。
しかも、のほほんとした顔が全くそのままだから、どぎつい台詞とのギャップが半端じゃない。
「店にただいるだけなら、その人は単なる“来場者”なのだよ」
「………」
「店にお金落としてくれて、それが総合的に見て利益になってたら、その段階で初めて“お客さま”になるんだよね」
「………」
「お客さまだからって、平等に扱ったりもしないからねーウチは」
ぬ?
「どういうことですか?それ」
「ん?お金をいっぱい落としてくれる人はお大尽さまだもの。扱いも変わってくるに決まってるでしょ?」
「………」
でしょ?って、あの。
そんな可愛くほがらかに言われましても。
「ボランティアでやってんじゃないんだから、判断基準は明確なのさ」
「つまりその」
「そ、儲けになるか、金になるか、そこが重要」
「………」
ごふあ。
ズバッと一刀両断。
世知辛いにもほどがあるぜ。
「そーだなあ、極端な例を挙げてみようか」
「はあ」
「人柄も穏やかで、週に二、三回くらいで定期的に来店してくれてさ、店のものも丁寧に扱ってくれて、一度の来店で時には諭吉さんレベルのお金を落としてくれる人と」
「………」
「月一で来るか来ないかの来店頻度で、遊戯中に叫ぶ、台バンする、細かいことでぐちぐちうだうだクレームつける、あたしら店員を奴隷のように扱う。なのに、一度の来店で落とす金は英世さんの半分に届くかどうかの人と」
「………」
「さあ新人くん!心からの笑顔で挨拶して、誠心誠意接客したいのは、どっち!」
ずぴし!と僕に突きつけられる、こころさんの人差し指。
や。
その、そりゃ、ねえ?
おそらく珍妙な顔になっているであろう僕の顔を見て、こころさんがにぱっと笑う。
「つまりはそーゆーことさ」
うむう。
「あたしら店の者も人間なんだよね。ウチの店はさ、変に無理な感じでオブラートにつつんだりしないで、ストレートにって方針なのだよ」
「大丈夫なんですか?それ」
「さーあねえ?」
「ええー?」
「おっとこいつはいけねえ!無駄に長く話し込んじまったぜ!ほらほら新人くん!仕事にもどろー!」
「あ、は、はい」
「今日は新しいメンテ教えてあげるよ。さあさあ楽しく働こー」
んー。
なんか難しい話だなあ。
はてさて。




