第45話:永遠の夜の教育(完結)
結局、その夜の「本番」は、歴史に類を見ない珍事として幕を閉じた。
愛を告白し、真の「当事者」となった私の放つ後光――いわば尊さの過剰供給によって、レオ殿下が致命的なまでの「尊死」を遂げたのだ。殿下はそのまま一晩中、私を汚さぬよう寝台の傍らで膝をつき、聖母でも拝むかのように祈りを捧げ続け、そのまま夜が明けた。
「……うふふ。お二人とも、実に、実に素晴らしい、清々しい朝ですわね!」
朝日が差し込む寝室。もはやそこが定位置であるかのように居座っていたフェリス様が、扇子をパッと広げた。その瞳は血走り、徹夜明けとは思えないほどの不気味な活力を漲らせている。
「フェリス様……。まだ、そこにいらしたのですか。……いえ、ずっと目の前で実況していらっしゃいましたわね」
私がげっそりと呟くと、彼女は「観測記録」と記された分厚い手帳を誇らしげに掲げ、胸を張った。
「もちろんですわ! 正妻(予定)としての記念すべき初仕事、完璧に、そして一秒の漏れもなく遂行いたしました! お二人が愛を認め合った結果、あまりの尊さに物理的接触を回避し、互いを神格化して崇め合うという、あの『逆転のパラドックス』……。正直に申し上げます。――最高を超えて、もはや神話の域でしたわ!! 供給過多でわたくしの魂は五回ほど天に召されましたけれど、その都度、執念で現世に引き戻しましたの!」
彼女の視線は、もはや一人の恋する乙女のそれではない。この王宮という名の劇場を裏から操り、最高のエンディングを追求する、最強のプロデューサー兼パトロンの目だ。
「いいですか、お姉様。わたくしは決めたのですわ。わたくしは正妻として、この王宮の全権を掌握し、鉄壁の守護を築きます。泥臭い政治闘争も、反吐が出るほど退屈な外交社交も、レオ殿下の世継ぎ問題という名の下俗な外圧も……すべて、このわたくしが『インフラ整備』として完膚なきまでに処理して差し上げますわ!」
フェリス様は、未だに寝台の傍らで「アンネが眩しすぎる……」「今の寝顔は国宝に指定すべきだ……」とブツブツ呟きながら目を覆っているレオ殿下を、慈愛に満ちた(そして欲望に塗れた)眼差しで見つめ、私を真っ直ぐに指差した。
「その代わり、お姉様。貴女は側室として、全力で殿下と愛し合いなさい! 殿下を『推し』として高め、時に一人の男として乱し、そして誰よりも熱く、狂おしくプロデュースし続けるのです。貴女たちが愛を深めれば深めるほど、わたくしの観測記録は聖書を塗り替える真実となる……。これこそが、わたくしたちが辿り着いた、愛とオタクの三位一体なのですわ!」
レオはアンネを、アンネはレオを、そしてフェリスはその二人を推す。
愛と執着と、そして「尊い」という言葉すら生ぬるいほどの熱狂が複雑に絡み合い、誰一人として逃げ出すことのできない、幸福で異常な「共依存」の円環。
ようやく「拝礼」を終えて立ち上がった殿下が、私の手を、今度は壊れ物を扱うような……あるいは最上の宝物に触れるような手つきで握りしめた。
その瞳には、かつての冷徹な王子の面影は微塵もない。私という狂信的なプロデューサーに心酔し、私という愛の対象に完敗した、一人の誠実な「信者」の顔。
「お前が僕を『最高』に導くというのなら、僕は全身全霊でその期待に応えよう。……たとえその過程で、僕の王族としての理性が何度焼き切れることになろうとも。……フフ、やっぱりお前たちには、最初から最後まで勝てそうにないな」
そう言って、レオ殿下はふっと頬を緩めた。
それは、計算された王子の微笑ではない。一人の男が、愛する女性にすべてを委ねた時に見せる、最高に無防備で、少し照れたような、はにかんだ笑顔。
「――っ!!!」
その瞬間、寝室に二つの鈍い音が響いた。
「「…………尊い(とうとい)ッ!!!!」」
私とフェリス様の叫びが重なる。
あまりの直撃弾に、私の鼻の奥から熱い液体が噴き出した。同時に、隣にいたフェリス様も、まるで噴水のように華々しく鼻血を流しながら、恍惚とした表情で崩れ落ちていく。
「お、お姉様……見ましたか……今のはにかみ……公式からの最大手供給……っ」
「ええ……ええ、フェリス様……。録画……いえ、記憶、しましたわ……」
鼻血を流しながら親指を立て合う私たちを見て、レオ殿下は「……ぶれないな君たちは」と、今度は少し引き気味に、けれど愛おしそうに再び笑った。
プロデューサーとしての私は、この完璧すぎる「神展開」と、誰も不幸にならない(ただ鼻血と理性が代償になるだけの)結末に、宇宙規模の評価を下していた。
「……仕方がありませんわね。レオ殿下」
私は、溢れ出る鼻血をハンカチで押さえ、それでも「鎧」を脱ぎ捨てた心からの微笑みを浮かべた。
「貴方の教育係として、そして生涯の伴侶として。……終わらない夜の教育を、これからもじっくりと続けて差し上げますわ。覚悟はよろしくて?」
窓の外には、新しい時代の光が満ち溢れている。
正妻が側室を応援し、殿下がその愛に悶え、私がすべてをプロデュースし、全員が鼻血を流す。
この歪で、世界で一番愛おしい日々は、きっと永遠に続いていく。
私たちが互いを「推し」続ける限り、この王宮に、夜の終わりが来ることはないのだから。
(完)




