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起-4 逃走か闘争か

 どかん、という爆発音にも似た大きな音で、部屋にいた五人の男たちはいっせいに立ち上がった。

 

「邪魔するわよ」

 

 ドアをくぐるように入ってきた大男のすぐ後ろからは、子供と思しき小柄な人影。

 大男が鷲掴みにしてたのは、この日教会に借金の取り立てに行ったはずの末端の男だった。

 

「ここが一番奥ってことは、この中にいる誰かがボスってことね? 責任者いるかしら」

「ナニモンだ、お前ら」

 

 部屋の一番奥で、早くも腰のナイフに手をかけていた中年の男が応える。

 

「あんた達の組のモンが、教会のドアを壊したの。修理代を請求しに来たわ。それから借金の証文と、元金以上にむしり取った金もね」

 

 くくく、と中年の男は噛み殺したような声を漏らす。

 

「かぁーっはっはっは! 面白ぇ、なぁお前ら、聞いたか? 修理代の請求だぁ? 借金の証文? そんなもん出すワケねぇだろが! 欲しけりゃなぁ」

 

 中年の男の合図で、室内の男たちが全員短剣とナイフを抜く。

 

「力でとってみな、小僧」

「よし、言質とったわよ。サブ、やっちゃって」

「はいお嬢」

 

 サブの拳がぱん、という破裂音を立てて突き出される。

 フルコンタクト空手五段、毎日の鍛錬と正拳突きをこの20年欠かしたことがない上、拳王のスキルを得たサブの拳は、音速を越えていた。

 一番近くにいた男の下顎から上が消し飛び、後ろにいる男に頭蓋骨の破片と脳漿と血がほとばしる。

 再びぱん、という破裂音。

 ついに近くにいる男の首が不自然な方向に曲がり、体ごとすぐ後ろにいる男にぶつかる。

 

「お嬢、手加減は」

「とりあえず、そのボスっぽいのは生かしといて。ま、逃げられないように両足の骨くらいは折っていいわよ」

「お前ら、優しいお嬢に感謝しろよ」

 

 サブの両手ががばっと左右にのび、片手には血と脳漿で汚れた男の頭が、そしてもう片方にはこの場のボスと思しき中年の頭が握られている。

 

「いぎゃああああ! は、離せ、放せ! はなしてくれぇ!」

 

 ボスの口が開き、絶叫が漏れる。

 

「黙んなさい、仮にも組織のボスなんでしょ? 気合入ってないわね。黙らないと——」

 

 ちら、と綾子がサブに目配せをする。

 サブが「ふん」と小さく声を漏らすと、血と脳漿で汚れた男が悲鳴を上げ、直後に眼球が飛び出し、鼻と耳の穴から血を吹き出して痙攣し始めた。

 

「こうなるわよ?」

 

 どちゃ、と湿った肉の落ちる音を立て、頭蓋骨が歪んだままの男は床に崩れ落ちる。

 

「さぁて? もっかい質問してあげる。親切な私が質問してあげるのはこれで最後よ。あんたが力で取れって言ったから、力で獲ってやるわ。借金の証文と、ここの組織の有り金はどこにあんの? 私達がもらってあげるから感謝しなさい?」

「だ、誰が! 誰がお前らなんぞにいいいいいいぎゃあああああ! そ、そこの机の裏、机の裏に隠し扉、かくかくかくかくし扉があるからあああ!」

 

 めきめきめき、という骨がゆがむ音に混じって、中年男の悲鳴にもにた絶叫が狭い部屋に響く。

 

「どれどれ? ……ふぅん、これか」

 

 綾子が机の裏の壁をなで、隠された把手を見つけ出してゆっくりとひねる。

 ポケットから取り出した針金を曲げ、器用にかちゃかちゃと鍵穴を軽くいじるコト数秒、あっけなく鍵は解除されてしまう。

 がこん、という音を立て、重い扉が開いた。

 

「なぁんだ、罠でもあるかと思ったけど、呆気ないわね。サブ、もうそいつは用無し」

「はい、お嬢」

 

 ごきん、という鈍い音の直後、肉の塊が床に落ちる。サブは中年男の服で拳の血を拭う。

 綾子が開いた隠し扉の奥には、金貨が積まれた机に、恐らく金貨や銀貨が入っているであろう革袋、そして精緻な装飾が施された革のバッグ。

 

「……え、凄い、何このバッグ? そんなに大きくないのに、見た目以上に中が大きい? ほら、見てサブ。肘まで入るわ」

 

 革のバッグは、小さめの学生カバン程度の大きさであるにも関わらず、そのバッグの口から突っ込んだ綾子の手は通常ありえないところまで突っ込まれている。

 

「見た目より内部が大きいけど……金貨は入るかしらね」

 

 綾子がひょい、と小さな革袋を持ち上げてバッグへと入れる。

 

「……へぇ、これってアレね、ドラえもんの四次元ポケット的なアレね。手を離してから、もっかい手を入れたら……ほら」

 

 再びバッグに手を入れた綾子が手を出すと、そこには革袋が握られている。

 バッグを逆さまにして綾子が勢いよく振ると、どさどさとあり得ない数の革袋が出てくる。そのいずれもが、金貨銀貨がぱんぱんに入れられていた。

 

「……こいつは……お嬢、このバッグは見た目より入るようですぜ。こいつにここの金を根こそぎ入れて行きましょうか」

「そうね。まぁどれくらいの価値かはわからないけど、とりあえず当座の生活費にはなるでしょ。力で奪え、と本人が言ったんだから、遠慮なく頂いていきましょ。この国を出てどこに行くにしても、現金はあって困るものじゃないしね」

 

 そう話すと、綾子とサブは部屋に散らばる金貨銀貨の類を片っ端からバッグに詰め始める。

 

「借金の証文ってコレかしら。とりあえず書類のたぐいは適当に持ってって、シスターに預けましょ」

「はい、お嬢」

 

 30分後、この街を裏から仕切るマフィア「トレーダー」の末端の構成員の1人が拠点に戻って見たものは、無惨な躯となった幹部のメンバーだった。

 ちょうど同じ時刻、教会へと戻った綾子とサブを出迎えたシスターマリーは、机の上にぽんと置かれた金貨の入った革袋をみて腰を抜かすことになる。

 

「お金は要るでしょ? とりあえずこれ置いとくから。それと、この書類の束の中に多分借金の証文があると思うんだけど、面倒だから全部あげるわ。あ、あとシスター? このバッグってどういう事になってるの? なんか見た目よりも中身がデカいのよね」

「は、はあわわわ、そ、それはマジックバッグです! すごい、貴族くらいしか持ってないような、超高級品です! その大きさだと、多分馬車2台分くらいの荷物は入るはずです!」

「へぇ、便利なのね」

「い、いや、あの、便利っていうか……商人がそのバッグを見たら、すごい値段で買いたいって言うと思います……」

「え? 売らないわよ? だって荷物詰め放題ってことでしょ? 別の場所で生活を始めるとしたら、こんな便利なものないわ」

「はぁ……あの、綾子さんたちはやっぱり王都を離れるんですか?」

「離れるわよ。正直何の愛着も未練もないし、ぶっちゃけ王様に嫌われてるし、騒ぎを起こしちゃったからね。コトが大きくなる前にズラかろうかと思って」

「……お嬢、十分大きくなってますぜ」

「そうね。だからさっさと逃げるのよ。とりあえず私達はすぐにでもここを発つけど、その前にシスター……えっと、サリー?」

「マリーです」

 

 まだあっけに取られたままのシスターマリーの鼻先に、整った顔立ちの綾子の鼻先が触れるくらいの距離に近づけられる。

 

「いい? あなたは何も見てないし、何も聞いてないし、誰にも会ってない。あなたは笹川綾子と大河内佐武郎なんて人は知らないし、噂を聞いたこともない。借金の証文なんてどこにもないし、そもそもあなたは借金なんてしてない。この金貨袋は、通りすがりの親切な人が置いていった。良い? 間違っても私とサブが関わったなんて、誰にも言わないこと。それから」

 

 ちら、と綾子が視線を教会の奥へと向ける。

 薄汚れた祭壇の奥にある扉、居住エリアと礼拝所を分けるドアのあたりに、幼い子供が立っていた。

 

「あの子達を守りたいなら、聖教会とやらはアテにしないことね。一番良いのは、当座の生活費としてこの金を使って、その間に子供達に法術を学ばせる。で、この教会で病院でもやると良いわ。それまではこの金貨でイケそうかしら?」

「は、はいい……こ、この金貨袋だけで、私と子どもたち全員が5年は食べていけます……」

「そ。なら良いわ。もう1袋置いてくから、どう使うかはシスター、あなたに任せるわよ。くれぐれも、良い? 繰り返すけど、くれぐれも、あなたは誰とも会ってない、何も見てない、何も聞いてない。この金貨袋は?」

「……と、通りすがりの、親切な? えっと……知らない人? が置いていった……です」

「はいオッケー。じゃ、私とサブはそろそろ出るわ。元気でやんのよ。あぁそれからシスター、さっきの書類、ひょっとしたらお宝になるものがあるかもしれないから、後でちゃんと読んどいて。借金の証文の類があったら全部燃やしちゃいなさい。例のチンピラ共はもう来ないから」

 

 ぱんぱん、と軽く手を叩いて、綾子が立ち上がる。

 

「さぁてと、それじゃ早速、ズラかるとしましょうか」

「あ、あの! 待って下さい! 今の時刻だと城門はしまってて、門からは出られないんです!」

「……マジか……どうすっかな。正面から実力行使ってのも出来はするけど」

「おねえちゃん! 城壁の向こう側なら、私抜け道知ってる!」

 

 先程から、礼拝所の奥から覗き込んでいた少女が声を上げる。

 小柄で、薄汚れた服の少女は、その貧相な身なりに似合わない強い眼光を、綾子とサブに向けていた。

 

「ここから少し行った先に、城壁の向こうに行けるトンネルがあるの。そこなら通行料を取られないけど、人が通れるくらいの大きさしか無いから……」

「ナタリア! あなたそんな危ないところに行ってたの!?」

「ご、ごめんなさいシスター……でも、薬草拾いに行くのに外に出ないといけないけど、お金がないから……」

 

 ナタリアと呼ばれた小柄な少女、この日綾子の最初の法術をその身で体験した少女は、シスターの叱責に申し訳無さそうな表情を浮かべながらも、その場から一歩も退こうとはしなかった。

 

「おねえちゃんたちは、シスターを助けてくれたんでしょ? だったら、今度は私がおねえちゃんとおじちゃんを助けてあげる」

 

 ナタリアの言葉に、サブと綾子が顔を見合わせて、しっかりと頷いた。

 

「ありがとうナタリアちゃん。あなたのこと、お姉ちゃん絶対忘れないから。でも良い? これからはシスターの言う事ちゃんと聞いて、危ないところには近寄っちゃダメ。お姉ちゃんと約束できる?」

「……うん、約束する……」

 

 少し不満そうではあるが、ナタリアは大きく頷いた。

 この日、サンサルバシオン王国の王都からは、1つのマフィアが消滅し、そして巨漢と小柄な女が姿を消すことになった。

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