二人の聖女
船のレストランはラストオーダーの時間だったので、ほぼ貸し切り状態だった。シリウスはレストランに入り、窓際の大きなソファーに腰をかけた。それを困惑した様子でラビィは見つめる。
ーーここ、たしかに見晴らしは最高なのですが大きなソファーが一つしかありませんね。
シリウスが自分が座っている隣を指でトントンと合図する。
ーーーーま、まさか、その合図は私に向かってのことなのでしょうか? 同じソファーに座ってもいいって許可をいただいたのでしょうか? 見間違い? でも、まだ、ソファーを指さして、こちらをじっと見つめていらっしゃいますし……なんだか、お、恐れ多いです。……お食事通るかな?
ラビィはソファのすみの方に座った。緊張を隠すようにメニュー表を開く。
ーーうっ、全部、難しい文字で解読ができない。なぜ、文字が斜めになっているの? これはなんと書いてあるの? ……ちょ……ちょれ……。ああ。記憶を失う前の私はこの文字が読めていたのかしら……それとも。
メニュー表の最後らへんに料理の写真が載っていた。それもおしゃれで美味しそうな料理なのだが、星が三つついているのものがあって、そのメニューを見てラビィの目が輝く。
「ーーそれが食べたいのか?」
ーーはいいっ、とてもおいしそうです!
シリウスは食器を片付けている店員を呼び寄せると注文をした。
カニと貝のクリームパスタ、魚のムニエル、ドレッシングかけのエビとトマトのサラダ。……デザートはオレンジのソースとシロップ漬けにしたオレンジがそえられたガトーショコラ……。飲み物はーー……。
ーー異国語かしら? シリウスさんは本当に優秀なお方なのね。尊敬します。
料理が到着するまでラビィは外の景色をソファーに座りながら眺めていた。外は真っ暗だけれど、レストランのやわらかな明かりに照らされて星空が綺麗に見える。静かな夜とゆっくりと揺れる海。ピアノの音。なんとも居心地がいい。
「ーー綺麗だな」
ーー冬の海に。星空。すてきな夜ですね。普段あまり聞くことのないピアノの演奏が疲れた心を癒します。ーーああ。素敵な空間。たまにはこんな特別な夜もいいですね。
うっとりとピアノの演奏を聴いていると、テーブルに料理が到着した。シリウスは貝のバターソテーと分厚いお肉に手慣れた様子でナイフを入れる。お肉はとても柔らかく、中からじゅわっとした肉汁が溢れてくる。グラスには白ワインが注がれた。
ーーお、大人って感じ。いつものシリウスさんとはちょっと雰囲気が違う。軍服も素敵でしたが、洋装の装いもとてもお似合いです。彼の手慣れたテーブルマナー。……さ、さすがです。
お皿が一つ空いたので、食後のデザートが運ばれてくる。
ーーシリウスさんがデザートを食べるなんて意外。甘いものも好きなのかな? ああっ、素敵なテーブルマナーについじっと見続けてしまいました。視線が合いそうだったので、いきなり視線をずらしたのはまずかったかしら? なにか会話を。なにかで早くごまかさないと、緊張でパスタがフォークにうまく巻けないのがバレてしまいます……!!!
ラビィは胸ポケットに入っていた小さなペンで紙に自分の今の気持ちを書き写す。
『ーーあの、つかぬことをお聞きしますが』
「ーーどうした?」
『私は聖女だったから今もシリウスさんにとても良くしていただけてて』
ーーそうだ、ずっと気になっていたことを聞こう。
『おそらく、記憶を失う以前も、きっと優しくしていただいてて』
「ーーうん。君は聖女で僕は星の魔法使いとしていつもそばで君のことを守っていたんだ」
ーーそれだけ。 うん。きっと私はこれ以上の答えを聞いてはいけないんだ。
「ーーそうだな、他の星の魔法使いも君のことを非常に慕っていたよ」
ーーありがとうございます。その返答に、今は、これ以上聞くのは怖い。
会話はそこで終了した。
しばしの沈黙のあと、シリウスはため息をつく。
お皿にのった焼き菓子の中から、四角い塊をフォークでさしたあと、それを浮かない表情をするラビィの口元へと運んだ。
ーー深い焦げ茶色の四角い塊? 表面にはパウダーがのっているのですか? これはなんですか?
「チョコレートだよ、君がチョコレートを眺めていたみたいだったから」
ーーチョコレート!!!!
ラビィは差し出されたチョコレートをパクリと口にいれる。
ーーお、美味しい。……と、いいますか、甘い。甘くて、口の中でとろけて……鼻をかすめる白ワインの……濃厚な……お酒の……あっ、私には美味しすぎて……この味は早かったかも。
「ーーラビィ? ーーラビィ!?!?」
ラビィは顔が真っ赤になり、シリウスにもたれ掛かった。
ーーか、からだがふわふわする。
シリウスはチョコレートを味見する。
「ーーああ! 香りづけ程度にお酒の香りがする! ……しまった。二人だけの会話に想像以上に緊張してしまい……ありえないミスをしてしまった……!」
☆
ーー波の音が聞こえる。
ーー体がぽかぽかとして気持ちが良い。
ーーここはベッドの中?
「ーーねぇ、やっぱり起きているの?」
ーー声が低くて。
「ーーははっ、さっきのは、やっぱり、演技だった?」
ーー少し意地悪で。
「ーーしょうがないなぁ」
ーー優しくて。彼にぎゅうって抱きしめられると雨のあとの花のかおりがする。
ーーわたしはこのかおりが懐かしくて。思わず、ぎゅうっと抱きしめた。
ーー……枕にしてはちょっと固いな。
「ーー君が目を閉じている間だけは、僕もまだ夢の続きを見ててもいいかな」




