二人の聖女
〈☆船の中。レストラン。〉
船のレストランはラストオーダーの時間だったので、ほぼ貸し切り状態だった。シリウスはレストランに入り、窓際の大きなソファーに腰をかけた。それを困惑した様子でラビィは見つめる。
ーーここ、たしかに見晴らしは最高なのですが大きなソファーが一つしかありませんね。
シリウスが自分が座っている隣を指でトントンと合図する。
ーーーーお、恐れ多いです。
ラビィはソファのすみに座った。メニュー表を渡されて開く。
カニや貝のクリームパスタ、魚のムニエル、エビとトマトのサラダ。……デザートは柑橘系のゼリーとガトーショコラ……。彼女はその中からレモネードを選んだ。
シリウスはメニュー表を一通り眺めたあと、なにやら知らない言葉で注文した。
料理が到着するまでラビィは外の景色をソファーに座りながら眺めていた。外は真っ暗だけれど、レストランのやわらかな明かりに照らされて星空が綺麗に見える。静かな海の音がなんとも居心地がいい。
「ーー綺麗だな」
ーーすてきな星空です。
そのうちにテーブルに料理が到着した。シリウスは貝のバターソテーと白ワイン。
ーーお、大人って感じ。普段、こんなに近距離で食事を共にすることなんてないから緊張する。
ーー私とは違って、彼の手慣れたテーブルマナー。さすがです。
お皿が一つ空いたので、食後のデザートが運ばれてくる。
ーーシリウスが甘いものを食べるなんて意外。甘いもの好きなのかな。
ラビィは胸ポケットに入っていた小さなペンで紙に自分の今の気持ちを書き写す。
『ーーあの、つかぬことをお聞きしますが』
「ーーどうした?」
『わたしは聖女だったから今もシリウスさんにとても良くしていただけてて』
『おそらく、記憶を失う以前も、きっと優しくしていただいてて』
「ーーうん。君は聖女で僕は星の魔法使いとしていつもそばで君のことを守っていたんだ」
ーーそれだけ。 うん。きっとわたしはこれ以上の答えを聞いてはいけないんだ。
「ーーそうだな、他の星の魔法使いも君のことを非常に慕っていたよ」
『ーーありがとうございます』
会話はそこで終了した。
しばしの沈黙のあと、シリウスはお皿にのったチョコレートをフォークで浮かない顔をするラビィの口元へと運ぶ。
「ーーラビィ? ーーラビィ!?!?」
ラビィはそのフォークを受け取ろうとしてシリウスの肩に倒れこんだ。
ーーか、からだがふわふわする。
シリウスはチョコレートを味見する。
「ーーああ、香りづけ程度にお酒の香りがする。会話に想像以上に緊張してしまい、ありえないミスをしてしまった」
ーー波の音が聞こえる。
ーー体がぽかぽかとして気持ちが良い。
ーーここはベッドの中?
「ーーねぇ、起きているの?」
ーー低くて、少し意地悪で。
「ーーしょうがないなぁ」
ーー優しくて。
雨のあとの花のかおり。
わたしはこのかおりが懐かしくて。思わず、枕をぎゅうっと抱きしめた。……ううん、ちょっと大きくて固いかも。
「ーー君が目を閉じている間だけは、僕もまだ夢の続きを見ててもいいかな」