二人の聖女
〈☆海の上。船の乗客室。〉
「私は星の琥珀に狩人との契約をした魔法使い、リゲルと申します」
ラビィが不思議そうな顔をしていたので、リゲルはことの詳細を説明した。
「シリウスさまからのご依頼により、恐れ多くも私は朝から二人の後ろについておりました」
ーー朝から!? 全然気付かなかった。
ラビィは頭の中で記憶を蘇らせてみた。
船着き場に着いたとき、ラビィはシリウスに手をひかれていた。そういえば、荷物を持つメイドの後ろで遠くに水色の髪の男性がいたような気がする。
レストラン街を二人で見ていたときに、二つのアイスクリームを渡して来てくれた男性。今、思い出してみたら彼にそっくりだった。
ーーうん、この爽やかな笑顔。あれはリゲルさんだったのね。
リゲルのピアスの石が青く発光する。
「ーーはい、ラビィさんはご無事ですよ。ラビィさん、シリウスさまが心配しておられます」
リゲルは自分のピアスを片方外すと、自分の手のひらにのせた。星と花のピアス。そこから、シリウスの声が聞こえる。
「ーーそうでした。ラビィさんは、お声が。私の方から、シリウスさんにお声がけしますね」
シリウスと出会ってから彼と離れたのは、思えばはじめてのことだ。ラビィはシリウスの名前を聞いた瞬間、なんだか心が締め付けられて涙があふれてきて、どうしようもない孤独に襲われた。
ーー今、そばにリゲルさんがいるのに。泣き顔を見せたらダメだ。
リゲルはそんな様子を心配そうな顔で見ている。
ーー早く、早く、なんでもないふりをして泣き止まないと。
心の奥底でコップ一杯の水があふれた。
ーーああ、どうして。
ーーまだ、あったばかりの人なのに、どうしてこんなに彼に助けを求めてしまうのだろう。
「ーーばか」
ーーここは海の上で船の中なのに、シリウスの彼の上から目線の、それでもどこかはにかんだ声が聞こえる。
ーー海の上なのに? 船の中なのに?
「ーーだから、最初に僕以外の人と話すなって言ったのに。君はいつも僕がいないところで泣くんだから」
ラビィの頬に流れる涙に真っ白なハンカチがそえられる。
ーー海の塩のにおいがする。
彼の長い前髪が水しぶきで濡れていた。ブラウスやズボンもやや水滴が付いている。
「ーーいくら魔法使いでも水の上を走ってきたワケないだろう?」
ーー私の思考はお見通しだった。
「ーーああ、限られた魔法具だけで魔法を使うと自分の能力がいかに低いかを思い知らされるな。非常に疲れた」
シリウスは濡れた前髪をかき上げる。
「ーーラビィさんの偽物とお話はできましたか?」
リゲルはシリウスに尋ねた。
「ーー逃げられた」
「ーーああ、残念です」
シリウスは浅い呼吸を整える。乗客室の柔らかな椅子に座っているラビィを見て安堵した。
「ーーでも、いいんだ。本物のラビィが無事ならなんでもいい」
リゲルはにっこりと笑った。
「……シリウスさま、シリウスさま! 水を挿すようでありますが、船に魔法で飛んでくる前にちゃーんと乗車券を購入しましたよね? そこ、忘れていませんよね?」
「ーー降りるときに払う」
ゆっくりと乗客室の船のドアが閉じられた。
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おまけ☆
〈☆船の中。特別室。〉
ラビィを襲った連中はリゲルによって全員取り押さえられて、乗客から離れた部屋に入れられていた。
「ーーよくやったリゲル」
シリウスが部屋の前に行き、報告を受ける。リゲルのピアスを通じて、このことは騎士団に伝えられた。
「ーー報告は以上です。アルデバラン団長」
「これからこの連中は団長直々の事情聴取です。……うちの団長はちょう怖いですよ?」
〈☆船の中。デッキスペース。〉
甲板に立つ二人。シリウスとリゲルのやりとり。
「どうしてあそこまで追いつめておいて、ラビィさんの偽物を逃してあげたんですか?」
シリウスは固く閉じた口を開ける。
「ーー似てたからだ」
「ーー?」
「彼女しかないはずの、あの瞳のいろをもう一人の彼女も同じ目をしていた」
「ーーそれは、でも、そんなことはーーーー」
夜風がなびいて、どこかの扉が開いた音が聞こえた。
「ーーしっ、また、部屋のドアで誰かが聞き耳を立てている。……まったく、少しだけ構ってやるか」
「ーーシリウスさま。お顔がゆるんでおりますが」
シリウスはゆっくりとドアを開ける。
ちらっと彼女の姿が見えた。
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