三話「神々の道具」.3
ルガリの首輪が外れているころ。
原住民の集落より数キロ離れた場所に、その拠点はあった。
大陸に駐屯するエドガー・フランクリン総督は、クロスボウの達人である。彼が属するクラトーリア連合帝国で開催される主要貴族だけで催される祭典競技で、数十年間射撃部門で優勝し続けている。
御年五十五歳を迎えながら、その射撃の腕は向上を続けていた。肉体は全盛期のころと変わらない筋肉の鎧に包まれ、白髪の増えた金髪もまだハリを残し、豊かな口ひげが威厳を感じさせる。
四輪車が停止した時、使用人の一人がおずおずと話を切り出してきた。
「閣下、お部屋で婦人がお待ちです。その……」
「私がいない間、何か問題はあった……ようだな、マーシャ」
リビングの扉を自ら開けたエドガーは、妻の名を呼びながらため息をついた。
反抗勢力の拠点破壊と、雇われていたアルマートゥス傭兵の撃破。その功績によるクラトーリア第六殊勲賞の授与。そのために少しばかり自分の別荘を離れていただけで、妻には怒りで震えるほどの出来事があったらしい。
葉巻を部下の持つ灰皿に押し付けながら、本国から持ってきたワインをグラスに注ぐ。
ソファに深く座り、対面の妻にグラスを差し出した。
「少し飲んで落ち着きなさい。震えが止まったら、話を聞こう」
「ええ、いただきます……」
十秒ほどかけてグラスの中身を空にした妻――マーシャ婦人は、震える唇を開いた。
「今日、原石採掘場の視察に行ってきたんですの」
「ああ、あそこの。いつも仕事をしてくれてありがとう、マーシャ。君のおかげで私は戦場に集中できる」
エドガーとマーシャは許嫁時代を含めればすでに四十年も一緒だ。経営者、為政者として優れた才能を持つマーシャは、蛮人たちを締め上げ従わせる術に長ける。
時折苛烈すぎて反発を招くが、それは自分が反抗勢力をまとめて叩けば済むので、むしろ敵を一か所にまとめてくれるのでありがたいくらいだ。
感謝してもしきれない妻が、一体何に起こっているのか。
「その採掘場近くの、鳥型駄獣もどきの牧場で、抵抗を受けましたの」
「うーん、あそこは規模がさほど大きくないが、大切な原石採掘場だ。宝飾品としての価値もだが、アンブロス・ジェネレーターを作るのにも欠かせない。アルマートゥスの戦力増強に、良質なジェネレーターは必須だ」
「そう。だから採掘場は一つでも失うわけにはいかないの。でも、あそこの駄獣もどきども、アルマートゥスを隠し持っていたのよ!」
「アルマートゥスを? あれは蛮人どもに使うことはできんはずだ。システムが奴らの血を排除する。傭兵を雇ったか、裏切り者がいるというのか?」
「それがわからないの。見たこともないアルマートゥスで、山の中に埋まっていて、石像かと思っていたら動き出して……私がもらったアルマートゥスがほとんどやられてしまったのよ!」
原住民たちの反乱も驚きだが、エドガーにとってそれ以上に驚きのことがある。埋まっていたアルマートゥス、それが意味するところは……。
「まさか、発掘兵器か。採掘場より価値があるかもしれないぞ!」
立ち上がった夫に、妻は嬉しそうな顔をする。
「そうなの? じゃあ早いところ制圧しないと。他の貴族連中が、反乱を理由に介入してこないとも限らないわ」
「そうだな。早いところ取り戻さねば」
アルマートゥスは、帝国発祥の技術ではない。遥か古より残された鋼の巨人たちを解析し、自分たちなりに再現したのが、今のアルマートゥスたちだ。
民間人に払い下げられた旧式『アルコス』も、発掘品の再現度は二割程度。軍で使われる正式採用の最新型でも、五割がいいところだ。
「しかし、やはり不思議だ。なぜ蛮人どもがアルマートゥスを起動させられた? 奴らに電子適正はないはずだ」
「そんなことどうでもいいじゃない! 必要なのは、奴らのアルマートゥスとにやけ顔を叩き潰す戦力よ!」
「わかった、わかった。ルーサー」
「はい。閣下」
廊下で待機していた部下を呼ぶ。彼の忠実で優秀な部下の一人、ルーサー。アルマートゥス兵団の小隊を率いる、人機混成部隊の隊長である。
「お前に任せる。該当地域の掌握と詳細の調査。対象の機体は鹵獲しろ。研究対象として貴重だからな」
「承知いたしました。原住民どもはどういたしましょう。婦人」
「奴らも捕らえなさい。いい、抵抗するなら吹き飛ばして構わないけれど、捕まえられる奴らはことごとく捕まえなさい。奴らの骨身に恐怖と畏怖を染み込ませてあげるから」
「はい。婦人」
歯をむき出しにして眉間にしわを寄せるマーシャに、眉一つ動かさずルーサーは了承の意を返す。彼が率いるのは精鋭部隊と最新型アルマートゥスだ。
負ける要素などありはしない。
「油断はするな。手負いの獣ほど、何をするかわからん」
「承知しております」
老兵の忠告。それでも、この若者は自身に溢れている。
その一手が、全てを崩壊へと導くことになるとも知らずに。
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