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一話「鋼に祈りを」.2

 たった一人の願いが、世界を変えることがある。

 きっとこの日は、その証明になったのだろう。


 P45は頭を押さえるアルマートゥスの背中に腕を回して、首を狙った剣の前に立たせる。吸い込まれるように刃はアルマートゥスの胸部を抉る。突然のことに、その場にいた兵士全員の思考が止まる。

 一方で数秒後に起きた騒ぎに、P45は極めて冷静だ。

 正確には、敵を倒すことそれ自体が電子化兵の存在意義である以上、狼狽える理由がない。


「君は、助けてほしいと、願ってんだよな」


 その単眼に、鎖につながれた少女の顔を捉える。彼女の声を、集音センサーが拾う。

 願われた声は、彼女から放たれた。絶望に染まろうとしたその瞳が、驚愕と歓喜に開かれていた。


「わかった。それがこの機体(からだ)に……」


 間違っていない、その確信とともに、P45は機体を駆動させる。

 体を拘束するわずかな土と石を振り払い、呆けている敵機の顔面に向けて拳を構える。


「望まれていることなら!」

『こ、こいつ、なんで――!?』


 むしろ、なぜ目の前のアルマートゥスたちは、反撃されないなどと思っているのか。

 支配者とは、殴られなければそれがわからない者たちが多いこと。

 聞けば、半世紀より前から、この地を支配する者たちがいるらしい。なるほど、だからこの鳥人たちはアルマートゥスに抵抗する術を持ちえないのだ。


『見守り様が、お立ちになった……』

『見守り様の瞳が、お開きになっている』


 鳥人たちは立ち上がったP45に向けて膝をつく。額に両手の指先を当て、羽で目を隠すようなしぐさをする。それは鳥人たちにとっての祈りの仕草。

 原住民(プリミティ)たちにとっての神が、民を救うために立ち上がった。

 一方で、支配者たちは武器を構え、敵対者を警戒する。

 自分たちを害する可能性のある敵を、許しておくはずはない。


「……少し、やりすぎたか」


 一方で、その本人に自覚はない。ただ己に迫りくる危険を振り払うだけのつもりで、交渉できるのなら話し合ってもよかった。ただし、最初の行動がそれを否定した。

 少女の願いは、「助けて」であって「殺して」ではないのだから。


「勢いでやっちまったけど……いや、でも正当防衛だ。うん。だって、死にたくない」


 自分の行動に納得のいく結論を出したら、もう後悔はない。

 P45は戦いを選んだ。闘争のために魂を収められた鋼の肉体は、話し合いのために存在するのではない。

 自らの意志を、敵を滅ぼしてでも貫くためにある。


『ぶっ壊せ!』

『土の中に埋もれていた骨董品だ。関節を狙え!』


 そう、先ほどまで機体の半分ほどは土の中にいた。光学センサーで得た情報と、内部の自己検証で得たデータを改めて確認する。

 P45は、自身の情報は確認した。

 機体照合、第六世代型アルマートゥス『グラディウス』、電子化兵用に調整された大量生産型の汎用機。決戦兵器として開発された初期型に比べて爆発力は低下しているが、長期戦とメンテナンスフリー性の高さから大量に製造された。

 何より、低コストで大量の徴収兵たちを消費しながら、敵を葬れる。


「背部スラスター機能停止。音響センサー反応なし、赤外線センサー停止。脚部出力70%、ジェネレーター活性化率40%、機動力維持限界まで、666秒」


 最高の、鋼の棺桶だ。


「武装展開、標準装備位置不明。緊急時用武装展開」


 関節から白熱が上がり、各所から詰まっていた砂と埃が噴き出す。

 機能している武器は、右手首に仕込まれたファイティングナイフと、左手首の格闘用装甲帯(アーマーセスタス)の二つだけ。どちらも牽制や至近距離の緊急対応に使われるものだ。決して、複数の敵と殴り合うための機能ではない。

 それでも、ないよりましだ。


「大丈夫だ。動かし方は、すぐに思い出す」


 背部スラスターは機能していないが、脚部のサブスラスターは動く。肩の姿勢制御スラスターも勢いよく噴かす。

 地面を削りながら、『グラディウス』の巨体が滑っていく。敵機を中心に旋回、その後ろに回り込む。


『敵の姿消えた――!?』

『後ろだ!』


 敵は数が多い。おそらくこの『グラディウス』より量産性が高いのだろうと、P45は考える。だが、同時に性能は著しく低下していると見た。

 特に、背中に腕を回されても気づかなかったことから、このアルマートゥスは感覚同期が行われていない。

 アルマートゥスが受けた感触を感じ取れないため、不意の接触に気づけなかった。


「やはり、動きも鈍い」


 確かに着弾、風圧を直に皮膚感覚として感じる際の危険性はあるが、反応速度、機体制御性は格段に高い。今のような緊急側方加速によって、視界から敵機を見失うこともないだろう。


「一機目!」


 左拳を叩きつけた相手の巨体が、歪んだ人形のように飛んでいく。

 小型化、軽量化、ローコスト……確かに技術的には進んでいる部分もあるらしいが、戦闘兵器としてはむしろ弱体化している。

 強度と質量に裏打ちされた破壊力こそ、人型兵器の最大の武器であるのだから。


『なんなんだこいつは!』

「さぁ、誰だろうな。自分でも忘れたよ」


 振り下ろされる剣を、左腕のセスタスが弾く。

 整備不良でも出力は負けていない。原住民(プリミティ)の抵抗に対処する程度ならば、最低レベルのアルマートゥスでも問題ないと高を括った結果だ。

 突然現れた脅威に、時代遅れで軍から払い下げられた量産機では太刀打ちできない。


『がっ!? ば、ばかな……どうして、人間以外に……』

「人間ってのは、どれのことかな」


 肉体を失った戦闘兵器に、情けはない。コクピットをナイフが貫き、中にいる操縦者のみを確実に屠る。

 鹵獲、奪取は戦力増強の要。内部を洗浄し、修理をする必要があるが、虐げられた者たちの一助になりえるだろう。


「鹵獲する余裕があるくらい弱い……まさかこれが軍隊の正式装備なわけがない。次はこうもいかない」


 残っていたアルマートゥスを対処する間に、命令を出していた婦人と、その護衛たちの姿はすでになかった。この騒動も、すぐにしかるべきところに伝えられるだろう。


「命令をする奴は、誰もいないのに」


 なぜ自分がここにいるのか。何のために戦えばいいのか。

 P型電子化兵45番には、考える時間も、考える脳もない。

 ただ、死にたくないという感情と、たった一言の願いが、拳を突き動かした。


 ちらりと見降ろした住民たちの祈りの姿に、『グラディウス』は首を傾げた。



少しでも気に入っていただけたら幸いです。




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