七話「魔犬たちの山」.1
遠くから聞こえる、アルマートゥスが派手に転んだ音を聞きながら、ルガリとフェイジアは山岳部への道なき道を進んでいく。
回復した熱紋センサーを動かしてみたところ、集落を監視するアルマートゥスのアンブロス・ジェネレーターを発見した。
「ま、そりゃ監視くらいされているよな」
となると、ここから安易に離れることもできない。防衛手段を失った敵を見守ってくれるほど、この見張りが怠惰だとは思えない。だから見張りへの策を託し、対処も任せた。
いつかは、彼ら自身が、こうした戦いをこなせる必要があるだろう。
「私たち鳥の民は、鳥と同じくらい目がいいのが自慢だったんですが、ルガリ様にはかないませんね」
「そもそも、物を見ている構造が違うからな」
こうしてフェイジアと話してはいるが、『グラディウス』の中にルガリの体があるわけではない。この鋼の巨人の中にあるのは、脳波と記憶と感情を保有した生体波形光子であり、俗に魂と呼ばれる存在だ。
水晶体と視神経を通して外の景色を見ているわけではなく、光学センサーと熱紋センサーを複合した機械的外部情報収集装置によって視ているだけだ。
「それに、君たちだって人間には見えない紫外線だって見えるんだろう」
「シガイセン……?」
「……そうだよな。普通気にしないよな、元から見えているものなんて」
この体になり、光学センサーの機能が向上したことで、人間だったころには見えなかったものまで見えるようになった。その最たるものが、紫外線だろう。
人間の目では鳥のように紫外線を見ることはできず、蛇のように赤外線を見えることはできない。それが、『グラディウス』の目では捉えられた。
熱を視覚として視られるようになったのも、大きな変化だろう。
「人間と同じような体なのに、鳥の能力を持ち得ている。考えてみると不思議な話だ」
「不思議、ですか?」
「俺が覚えている限り……俺がまだ単なる人間だったころは、君たちみたいな獣の力を持つ人たちはいなかったんだ」
「ルガリ様は、私たちのご先祖様とはお会いになったことがないのですね」
山の中に埋まっていたのだ。もしかしたら、ルガリははるか古の祖先とともに生きていた人なのかもしれないと、フェイジアは思っていたのだろう。
だが、ルガリにその出会いの記憶はない。
まして、原住民に該当する種族など、覚えがない。
「君たちは一体、どこから来たんだろうな」
「昔はもしかしたら、鳥と変わらない姿だったかもしれませんね」
「それはそれで進化の過程が不思議だよ」
ルガリは、生前――というよりヒトであったころは、単なる田舎の少年だった。海にほど近く、父の漁を手伝う日々を送っていた――はずだ。
村の中では決して特別な存在ではなく、同じ年ごろの子どもたちに比べて得意なこともなかった。
村の名前も、親の名前も、まして自分の本当の名前さえ憶えていないのに、潮の香りと、波の音ははっきりと思い出せる。
故郷は、一体この場所からどれほど離れているのだろうか。
「そういえば、昔大きな大きな炎が、世界を焼いたって話を、子どもたちに話していただろう。あれはどういったものなんだ?」
「昔話の範囲なので、どれほど真実かはわかりませんが、世界を包む炎があったそうなのです。それを大水が押し流して鎮火させ、焼け残った大地で、ご先祖様は山と森とともに暮らしていたと長は言っていました」
それが、原住民たちがこの土地に根差している理由なのだ。
もしも、その理由があの場所にあるのだとしたら。
「俺がここに眠っていたのは、それが理由なのか」
護衛任務でスリープ状態になり、誰にも起こされないまま埋まってしまったのか。
それとも、まったく別の要因だったのか。
「護衛対象の子孫が君たちで、マスター権限の移行が受理されたのかもしれないな」
告げられた命令は、ずっと変わっていない。ただ、それを自分で実行しようと思えるか、それとも命令だからとやるのか。心境の違いがある。
脳がなくなりながらも、思考だけは残ったこの体。心の命ずることであるからこそ、自らの力を発揮できた。
「少し急ごう。なるべく早く、集落の守りに戻れるように。フェイジア、乗ってくれ」
ルガリは『グラディウス』の手を差し出すと、そこにゆっくり飛んでいたフェイジアを乗せる。全速力で飛行すればフェイジアのほうが速いが、彼女が疲れてしまう。
胸部のコクピットハッチを開ければそこに乗せられるのだが、中にはルガリの魂を収めた器があり狭い。吹き曝しだが、掌の上で我慢してもらう。
アンブロス・ジェネレーターの熱を上げ、両足にエネルギーを集中する。来訪者たちの使う『アルコス』や『ブレット』より数倍速い走力で、犬の民たちの住まう山へと駆けて行った。
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