第038話 - 旅に出たい。
「―あのね、私、旅に出たいの。」
京都の左京内の一角。
「いつもの出雲家3人」で、たまには贅沢しようと東西が分れる以前から名の高かった料理店での食事中、サヤはこう言った。
「…旅?」
2人は持っているフォークやらスプーンの手を止めて、目を丸めて聞き返す。
無理もない、いきなり話し始めたのは私だから。
年も明けたばかり、店員は店の中を忙しく動き、外ではお客が行列を作っている。
「どしたのサヤ、いきなり旅に出たいだなんて。」
玲子さんは憫笑しながらこちらの顔を覗き込む。
でも、彼女の瞳はどことなく真面目な雰囲気だった。
「そうだよ、姉さんらしくない。何かあったん?」
陽三もこちらの顔を覗き込んできた。
私はいつかこの事を言わなければならないのを分かっていた。
だから、ずっと良く考えていいた。
本当にこれでいいのか、それとも言わないほうが良いのか…
「やっぱり、このままだと駄目な気がして…」
「―ずっとこの出雲家の一員でいるのも、玲子さんやおじさんに負担になるし、私の家はきっと東日本にある。だから…」
「何もしないままじゃなくて、何かしないと。私は記憶を思い出して自分の家に戻る義務がある。」
「…」
「…私が旅に出る理由はこれだけ。もし玲子や陽三が反対するのならこれ以上の行動はとりません。」
「…うんうん、よく分かった。」
玲子さんはまた顔を引き、そして深々と頷いた。
「サヤがそこまで言うなら、私も陽三も反対はせんよ。」
「―でもね、その言葉の中にひとつだけ訂正してほしい言葉がある。」
「?」
「―サヤが居るからってうちも父さんも、決してサヤがお荷物だとは考えてない。」
「…むしろ、それが生きがいなんや。お父さんもうちと陽三とサヤが居るから仕事の遣り甲斐を見いだせてるって、この前の連休言ってたんや。」
「私にだってサヤは同い年の妹分みたいなもんやし。陽三だって新しい姉貴みたいに思ってる。」
ね、と言わんばかりに、玲子さんは今度は陽三の顔を見た。
陽三はこくりと頷いた。
「あ、ありがとう…」
「ええのええの。サヤも好きなように生きていけばいいよ。記憶を取り戻すとつらい思い出も蘇ってくるだろうけど、サヤにはちゃんと乗り越えられるって…私は信じてる。」
玲子さんはまるで何かを察したように、私の強い要望に応えてくれた。
家に戻ると、直ぐに玲子さんと陽三と3人で荷造りをした。
行先を陽三に聞かれたが、結局行先は不明瞭なままだった。
何も考えないまま、荷支度をする。
玲子さんもこのことをちゃんと理解してくれて、貯金通帳だけ渡してくれた。どこへ行けても良い様に。
雑談を交えながらニコニコと荷物を揃えるなり纏めるなりしていたが、2人の表情は固かった。




