第037話 - 越えられぬ者々
「―20…年、遂にこの年で壁の建設から8年が経過しました。」
翌朝、一ノ瀬はホールに団員全員を集め、集会を開いた。
「残念ながら、経済的・物資的な問題でも年越しに豪華料理を皆様に上げることは出来ません…」
マイクもなしに、その集会は極めてしめやかに行われた。
200名の団員全員が、まだ年齢的には高校生の彼女の話を長々と聞いていた。
「…ある漫画の一節に、こんな言葉が有りました。」
「―「愛する者へと帰ろう、誰にもそれを止める権利はない。」。私は、その言葉がこの今の状況に対しその通りだと考えます…」
「―帰れない人達へ。そして、帰ってこれない人々…帰って行こうとして亡くなった人々…」
「いつか、全員がどのような形であれ、愛する者の許へ帰れることを信じて、献杯。」
一ノ瀬の後ろにある壁には、無数の人々の名簿が刻まれていた。
西側へ行ってもなお連絡のつかない彼女の、肉親の名も、会ってすぐ旅立った竹馬の友の名も…
一ノ瀬一派の結成から、既に半年以上が経過していた。
―「今年はもっと激しい1年になるでしょうね。」
窓の外の横浜の海を眺め、下野さんはこう言った。
壁の周囲の小田原や箱根・芦ノ湖・長野方面や東京や山梨県からは多数の人々がこの一派に流れ込んできていた。
全員が全員、安全と言える状況に置かれていなかったため、一ノ瀬は人事管理と新入団員受付に厳密だった。
体内埋蔵ICチップでこの拠点の場所が政府や各機関に特定されることや、大余震後の羽田空港スラムの様な襲撃が有っては当然困るからだ。
当然、羽田空港スラムからの避難民も多くここに押しかけてきたが、団員として認めたのはおおよそ6割だった。
あの大地震に2度も耐え抜いたこのランドマークタワーは、「簡易ホテル(とも言い難いが)」と言える状態だった。
外見ではただの廃墟ビルだが、中では人々が個々の役割に熱中している。
スラム(?)でも数少ない、全員が役割を持って環境を整える。高校生ならではの発想で生活環境を改善させた。
その発想者も、また一ノ瀬だった。
「―では、今年も忙しくなるとは思いますが…頑張って乗り越えましょう。解散。」
全員がまた片づけを済ませ元の持ち場へと戻った。
「―ねーね、しれいちょうさん。」
一ノ瀬の服の短い裾を引っ張るのは1人の小さな男の子。
しゃがみながら、彼女は優しい表情でこう問う。
「なーに?どうしたの?」
「…ぼくの、おとうさんはいつあえますか?」
「…きみのお父さん、どこに行ったの?」
男の子は、窓の向こうのさらに奥を指しして、
「あっちです」
と言った。
「―ごめんね、直ぐには君のお父さんとは会えないかもしれないよ。でもね…」
「…会うまで良い子にしてたら、いつか直ぐに会える時が来るよ。」
彼女は、生き生きとこう言った。
―おとうさんにはいつあえますか?
その言葉が、彼女には自問にしか聞こえなかった。
早く無事な姿を愛する父母に見せてやりたい…
初詣しているなら、私はきっとそう祈ったであろう。




