第032話 - ハイスコア
また「普段通り」の不法越境者を知らせる手許の警報装置。
《全隊員に通達。当方からの不法越境者を確認。位置は長野県上田市―》
ため息をまた一つ置いた後、直ぐにトランシーバーで全隊員へと通達する。
今日は普段と違い「上田関所の番人」、すなわち「この関所の最高指導者」を担っていた姫端は、一躍全隊員に指示を下す役割に就いていた。
生憎にもこの日は午後から雨で、コンクリート敷きの壁から数メートルはそうでもなかったが、そのコンクリートから一つでも歩みだすとドロドロになった。
《こちら佐崎班、該当者の射殺を完了。推定年齢70代前後―》
《了解、死体運搬車を運び処理しろ。》
いつも目上の者が我々にこのような指示を出すところを、今回に限り自らが行うのが違和感しかなくてたまらなかった。
「70歳のおっさんか…無理なことしやがって。」
低くて10メートル、高くて20メートルもの高さのある「壁」は、例え訓練を受けた彼らでさえ超えることは困難を極めていた。
それでもなお体力のある若者どもは彼らの目を盗んでは壁を越えて脱東した。
雨の日は不法越境者の人数が少なく、殺す手間も弾倉の入れ替えもしなくて済んだので、正直彼らにとっては非常にありがたい存在だった。
越境者が一番多いともいわれるのが静岡県沼津市~富士にかけての区間。
メンバーから聞くに、向うの隊員たちの優遇は悪いままで前線基地は前の廃ホテルをずっと使いまわしているらしい。
こればかりは亡命者が減らないのもなんとなく理解できた。
「―姫端さん、死体運搬車が到着しました。」
「死体処理係」でもあった彼は、その名の通り死体の焼却処理も行っていた。
焼却された死体の骨たちはそのまま家畜の餌や農作物の肥料として再利用されるのが主流だ。
麻袋に包まれた「それ」は、そのまま他の死体と共に車に詰められていた。
麻袋は死体の首の部分までしかかかっていない。
若い女や、子供、幼児までもが死体という貨物としてここまで送られてきたのだ。
一人、見覚えのある顔。
推定年齢70代―
そして男性―
この前の、上田の農家をやっていた老人だった。
美味いトマトをくれた見ず知らずの他人、なのにどこか感情的になってくる。
でも、決して顔には出さなかった。
この老人が本当にしたかったことは何だったのだろう。
彼には私に何かを伝えるためにここまで来たんだろうと何かを察した。
鉛色の空、雲の動きも早く雨脚も強いままだった。
結局「それ」は他の物と共にそのまま焼却炉の中に放り入れた。
まるで葬儀屋の様に、無感情な顔で一人ひとりの死体を放り込んだ。
翌朝、隊員の手許の警報端末には不法越境者ではない。
―消息不明隊員の情報が通知されていた。




