第018話 - 一ノ瀬 葵
●登場人物
◇一ノ瀬 葵 ♀ - 伊豆の資産家の一人娘。紛争で横浜の自宅から一人避難する。
―神奈川県横浜市・立入禁止区域の狭間。
「お願いします!通してください!」
「父母が向うに居るんです!」
雪の降りしきるあの日、一人の少女が警官に対してこう叫んだ。
「駄目です、今すぐここから避難してください。」
警官は冷静に…
まるで台本を読み上げるかのように冷静に彼女に促す。
彼らは誰も壁の向こうへと通すつもりは無かった。
「馬鹿野郎!俺も向うに子供が居るんだ!」
「そんなに行かせたくない事情でもあるのか!?」
周りにいた人も、次々と警察官の盾の向うへと通ろうと、ひたすら怒号を吐き続ける。
―日本の経済社会・国家の東西分裂。
ある一人の少女が、両親を西日本に残したまま東側へと閉じ込められた。
まだ、交通規制が敷かれたばかりの東側では、殆どの者が「戦争が起きている」なんという事実を知らぬまま、立入禁止区域の向うに居る家族、友人、親類の元へと向かうために西進をしていた。
立入禁止区域は現在の「壁」から半径80km以内がその範囲として設定され、そして戦場となった。
この時彼らはまだ知らなかったが、立入禁止区域内に含まれる地方都市「小田原」では既に8000人もの犠牲者を生み出していたほどの激戦だった。
そんな事など知る由もない彼らは、政府に口止めされた警官からの理由も聞けるはず筈なくそのまま強制的避難された。
―これは、西側の「サヤ」と同じく壁の向こうへと家族を切り離された一人の少女の物語である。
国民に口止めをしている分、避難は迅速に決行された。
横浜でも一般市民が次々と避難を開始。東京方面へと移動をしていた。
横浜から東京へと向かう緊急避難指定電車。
東海道線・根岸線・京浜東北線・南武線・横須賀線・京/東急線がこの対象とされ、次々に満員の列車を東京へと動かしていた。
そんな列車に、一人の髪留めをつけた白髪の少女が乗る。
彼女の名は 一ノ瀬葵。
伊豆の有名資産家の両親を持つ、いわゆるお嬢様だった。
この日、彼女の両親は名古屋へと向かっていた。
緊張と冷酷感が車内の空気を埋め尽くす。
彼女は、すぐに必ず両親に会えるとばかり思っていた。
こいつらとは違う、金とコネクションのある父母なら絶対に立入禁止区域位跳んで私の元へ戻ってくる。
そう信じて疑わなかった。
でもそれは、そんな事ばかり考えていないと自身の精神状態が持たないことも意味していた。
東京駅に着くと、様々な人がホームに林立している。
皆々降りてくる人の顔を確認し、無身内の者が居ないかどうかを確認し始める。
東京もまるで冷凍庫の中の如くカキンと冷たかった。
そのホームに父母が居る筈もなく、列に続いて出口へと向かう。
神奈川県内の喧騒とは真逆に、東京は異様なほど静かだった。
金も服もアクセサリも、荷物は全て横浜の自宅に置いてきてしまった。
何も持たない、手ぶらの状態のまま指定された避難所へと向かう。
「…なんか、小田原より西で政府と反政府が紛争してるらしいぞ。」
喧騒の中から、こんな声が聞こえる。
「見ろよ、神奈川の方…」
その声を聞き取った数人が、西側の方へと顔を上げる。
そこにあるのは真っ白な雪を降らす灰色の雲では無かった。
「真っ黒な雲」。
それは、決して富士山の噴火でもなく、山火事でもなく。
人間が生み出した争いと、死んだ魂の塊だった。




