第015話 - 荒れゆく東の大地
―東日本、宮城県仙台市。
反政府勢力との紛争から8年。
この都市には、現在全ての政府機関がまとめて配置されており、西の首都「京都」に劣らず大発展を続けている。
現在は東京から本社を移動した大企業群の超高層ビルが林立する大都市。
また、首都圏大震災の移民受付も始まり、人口は増大を続ける一方となっている。
日々多数の人が道を行き交い、自動車が列を形成する。
その光景は「以前の東京」そのものだった。
その一方で、東日本国内の地方郊外のみならず、この首都「仙台」でも時代に追いつけぬままの者と、時代と共に歩みゆく者との間の貧富の差が拡大。
宮城県のずっと北―
そこに、栗原市という小さな自治体が存在する。
この街の郊外には新首都を追い出された者と、住みたくても不況で職を失い住居を失った者どもが巨大なスラムを形成。
そこの人口だけで1万人以上は居ると推定されている。
その巨大スラムには、男のみならず女や家族一家、そして親を失った子供も棲みついていた。
これに対し、政府は自国の国益と、被害の全貌が明らかになり事態を重く見た政府が開始した首都圏大震災復興計画の練り合わせの優先で精一杯な状態となっていた。
また、東側では西方面への脱東を防止するために人体内蔵型のIDチップの埋蔵を国民全員に義務化。
導入率は国民の70%に及び、東日本は完全監視社会となりつつあった。
そんな中、遂に不満が溢れ出した国民複数人が仙台発札幌行の旅客機を武装ハイジャック。
大阪伊丹へと向かうよう要求した。
が、太平洋上空で東側の命令を受けた戦闘機に撃墜され、乗客乗員186名が犠牲となる惨事となった。
東国民の生活状況はこのような惨事を生むほど劣悪だった。
一方、東京では―
震源が近海だったため、津波は少々の潮位変化で済んだものの地震の揺れと連日続く大雨による河川堤防の決壊で、旧23区東側の江戸川・江東・葛飾・中央・港区が水没。
海抜0メートル地帯が多いこれらの地域はたちまち水に苛まれた。
旧東京都民は北側・西東京への一斉移動を開始し、23区東部はいわゆる「ゴーストタウン」と化していた(生存者のみ)。
その中の一部には西側へと向かった者もいたが、それは前話を参照願いたい。
ここでも同じく、震災で全てを失った旧都民が各地で超巨大なスラムを形成し始めていた。
その中でも、著しく規模を増大させていたのは「福生被災者民共同体」と呼ばれる場所…
そう、かつて「米軍横田基地」と呼ばれた場所だ。
人口3万人弱が暮らすこのスラムは、東日本全土でも一番経済的なスラムとも呼ぶことが出来るほど発展を遂げていた。
無数のテントが並ぶこの土地。
夜になると…明かりが煌々と広がる。
福生市も被災して苦渋の生活を強いられている23区民を配慮し、電力の無料提供を開始していた。
「今日も少し冷えますね」
火の焚かれたドラム缶で暖を取る若者が独り言のように告げる。
「火に有り付けるだけ有り難いけどなぁ」
「まだここに居たいですけどね。」
ここまで一緒に過ごした仲間と談笑する。
と、隣の老人がこう言った。
「でも、国境警備隊って報酬も優遇も凄いんだろう?」
「―今となっちゃうらやましいなぁ…」
この様な状況でも、まるで空気を読めない子供の様に政府は被災・非被災の有無も関係なしに徴収を続ける。
この若者も、その「空気が読めない行動」に巻き込まれた被災者の一人だった。
若者は、最後に過ごす生まれ故郷の住民にこう言い放った。
「―人殺しをするくらいならさ、ここで生活してた方がずっとマシでしょう。」
隣に座っていた老人は、何も言うことが出来なかった。
ただただ、酒を呑んでいる。




