第006話 - 缶コーヒー
○登場人物○
◆出雲サヤ(仮)♀ - 主人公。東側から闇バスで不法入国した高校生。京都で事故に巻き込まれ、玲子達に救出される。
◇オジサン ♂ - 九州行の夜行列車で乗り合わせた乗客。
トトン…トトントトン…
列車は一定のリズムで無音の世界に音を刻んでゆく。
「お客様、切符を拝見いたします…」
「博多までですね…ありがとうございます…」
―ふと、車掌の持つ乗客名簿に目が行く。
今日の乗客は私を含む7名だけだった様だ。
列車は新開発大都市''大阪,,を出て、播磨灘沖の海岸線を走る。
夜闇を走る列車の車内に月の灯が入り込む。
六甲山群を背景にとった黒色の「鏡」に、自分の顔が映る。
― あなたは誰? ―
― 本当の名前はなんていうの? ―
― …家族はどうするの? ―
…家族なんて、思い出したくても思い出せない。
自分の親の顔も憶えていないだなんて。
親の名前も知らないなんて。
親が居たかどうかも分からないなんて。
もし、お父さんとお母さんがこんな私を見たらどうなるんだろうか。
家族の顔も知らない娘なんて…
「…外に出ようかな。」
4人の人が寝る筈の私の部屋は、私一人しか居なかった。
こんなところに居ても悲観になるだけだ。
どの道東日本国民だと彼らに発覚したら、私は拘束されてしまうだろう。
拘束されたまま最期まで肉親の顔を見れない位なら、一度母国を捨てたほうがまだマシだ。
ラウンジに腰かけ…何も考えずにボーっとしている。
本当に、本当に何も考えない。
ただただ、列車に揺られるだけ。
時刻はまもなく0時だ。
ふと、隣に一人のオジサンが座る。
「お嬢さん、あんた見かけない顔だなぁ。これからどこ行くんや?」
「…博多の方に。」
「そうかぁ、博多なんかに旅行いくんか?」
「いえ……実は、これから国民票を取りに行くところで…」
ウソを話しても仕方がないと思い、本当の事をそのまま話した。
誰でもいい。この複雑な気持ちを誰かに理解してほしかった。
「…やっぱあんた、東から来たんか。」
「…はい。記憶には無いけど、多分壁の向こうに家族が…」
「もう…これで二度と家族に会えないなんて。顔が思い出せないなんて…」
―沈黙を掻き消すかのように、列車はずっしり重いジョイント音を上げる。
「―ちょっと、昔の話してもええか。…」
「昔な、ヨーロッパにとある小さな国があったんや。」
「は、はぁ…」
「丁度'80年代頃。それでな…その国にも''くだらん争い,,で土地と家族を離れ離れにする様な…」
「…」
「離れ離れにするような壁があったんや。」
「―でもな、壁がいくら頑丈だって…高くったって、いつかそんなものは崩れ落ちる。」
「人間、そんな馬鹿じゃないん。だから、しっかり前向に生きぃや。」
最後にオジサンは、背後にある自販機でコーヒーを買ってくれた。
少し太めの彼は、程無く暗闇の通路へと立ち去って行った。
押さえきれずに涙が出る。
そうだ。前向きに生きなきゃ。
オトナの都合で作られた壁で、家族と土地…そして記憶まで消し去る…そんな壁、いつか綻びから壊れる。
オジサンのくれた缶コーヒーを片手に、自分の寝床へ戻った。
この夜、私は記憶にある中で一番ぐっすり寝られたような気がした。
コーヒーは、結局朝まで飲まなかった。




