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恐怖七十二候  作者: 如月 一
大暑(たいしょ)
35/72

土潤溽暑(つちうるおうてむしあつし)

7月が終わろうとするこの時期、海は人で溢れかえる。

白い砂浜にシーツをひき寝そべる者、あるいはビーチチェアでくつろぐ者。

皆、思い思いの方法で夏を満喫していた。


そんな海水浴の一角で、一人の女が大きく伸びをする。

「ふぁー、暑いわぁ。」

パラソルの下のチェアから身を起こし、彼方の水平線を眺める。

冷たい飲み物を飲んで海を見ているのにも飽きたのでそろそろ泳ごうかと女は立ち上がる。

「ふふふ、熱いわねぇ。ヤケドしそう。」

素足を砂浜に埋めながら女は呟く。言葉とは裏腹に熱いのを楽しんでいるようだ。

強面に夏真っ盛りを主張してくる蒸し暑い風も今の女には好ましく思えた。

二歩程、足を踏み出した所で足の甲に妙な感触を覚え、女は立ち止まる。

足の甲を何かが這いずっているような感触。

慌てて足を見るが、そこには砂にまみれた足があるだけだった。

だが、足の甲を何かがサワサワと蠢く感覚は消えない。いや、むしろ強くなって来る。しかも、這いずる感覚は、くるぶし、ふくらはぎと徐々に上に這い上がってくる。

目を凝らして足元を見ても何もない。

ただ、砂があるだけだ。

砂?

女は砂を凝視する。

砂がゆっくりと動いている。

本当にゆっくりだか、少しずつ無数の小さな砂粒が自分の足を這い上がって来る。

女は慌てて足の砂を払う。パタパタと砂は下に落ちるが全部は落ちない。それにゾワゾワした感覚も止まない。砂の膜が足の甲を覆い、更に上へ上へと這い上がって来る。

「何これ!?」

女はヒステリックに上ってくる砂を何度も払うが、砂は後から後から上ってくる。

「一体、なんなのよ。」

女はさっきまで座っていたチェアに戻り、その上へと避難する。

そこで初めて女は異変が自分にだけ起こったのではないと気付く。

浜辺のアチコチで人が悲鳴を上げ、のたうち回っていた。

中には全身砂まみれのダルマのようになっている人もいた。

「何が起こっているの?」

事態がまるで飲み込めない。ただ、常識では考えられないことが起きているのは分かる。

女は額に滲む汗を拭う。

「痛ッ。」

ヒリヒリする痛みを足の爪先に感じ女は顔をしかめる。

見ると足の爪から血が滲んでいる。両の足の爪全部から血が出ていて、キリキリとした痛みが伝わってくる。

一体何でと思ったところで、手の爪にも同じような痛みが走る。

慌てて指先を見るとさっき砂を砂を払った時に手についた砂粒がぎりぎりと爪の間に入り込もうとしていた。

「痛、痛い。」

必死に手を振っても砂は落ちることはなく、ギリギリと容赦なく女の爪の間に進入してくる。

「なに、なんなの、誰か助けて!」

叫ぶ女は、こめかみに何が蠢くような感覚に気付く。

感触は頬、目尻へと伝わっていく。

女は、さっき額の汗を拭った事を思い出す。

そう、砂のついた手で。

「あ!」

目にゴミが入った時のような痛みを感じる。

目からボロボロと涙がこぼれる。

「イタイ、イタイ、あ!」

女は手、足、目の痛みに体を震わせ、大きくバランスを崩して椅子から落下する。

目が見えないからまともな受け身をとることもできず、顔面からまともに落ちた。砂浜なので痛みは大したことはなかったが、砂が這い上がってくるの全身に感じる。

まるで砂糖に群がるアリのようだ。

爪が剥がれた両手、両足から血を流し、女は四つん這いの状態で這いずる。両の目に砂がギリギリと入ってきて痛くて開けていられないから、陸に向かっているのか海に向かっているのかはわからない。鼻に砂が入ってきて呼吸が妨げられ、口にも容赦なく砂が入り込んでくる。ギリギリと喉の粘膜に食い込んでくる。

女は苦痛に絶叫する。

しかし、それはヒュー、ヒューと決して声にはならなかった。












2017/07/28 初稿

映画LIFE 見ました。

その影響です。

理屈もなにもなくとにかく砂が人を襲う話です。

痛さが伝わるとよいですね。


次話投稿は8月3日を予定しています。

次話 大雨時行たいうときどきにふる

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