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恐怖七十二候  作者: 如月 一
大暑(たいしょ)
34/72

桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ)

気がつくと不思議なところにいた。

どうやってそこへ行ったのか、どうしてそこに居るのかさっぱり思い出せない。

気がつくと呆けたように立っていた。

どこかの公園なのか、それとも山か。

背の高い木に周囲を囲まれていた。

上を見上げるが生い茂った木の枝に遮られ空を見ることはできない。

だが暗くはない。

美しい緑の葉から漏れる光で適度に明るかった。

下を見ると茶色の土に丈の短い草が生えていた。

歩くと少しへこみ心地よい。まるで高級絨毯の上を歩いているようだ。

7月下旬。一年で一番暑い時期にも関わらず空気はひんやりとしていた。

さて、どうしたものかと思い悩む。

前に進むべきか、後ろに戻るべきか。

そもそも、どちらから来たのか覚えていないので戻るにしてもどちらに行けばよいのかわからない。

取り合えず、前に進もう、と私は決めた。

不思議なほど不安はなかった。

しばらく歩くと大きな木のそばに一人の男の人がいた。

男の人は椅子に腰掛けていた。

前には木製の丸テーブルと空いた椅子が一つあった。

声をかけようか迷っていると男の人の方から座りませんか、と声をかけてきた。

にこやかに笑うその男の人は私の事をいぶかる様子を全く見せない。

断るのも何なので私は椅子に腰掛けた。

「よければ。」

男の人は、そういいながらお茶を進めてきた。

「ありがとうございます。」

一口飲む。アップルティーだった。喉に甘く冷たい液体が心地よい。

私は正面に座る男の人を見る。年の頃は20代後半か30代前半か。

ちょっとイケメン。

私は記憶を探る。どこかで見たことがある気がするが思い出せない。

「あの、」

私はおずおずと切り出す。

「どこかでお会いしたこと有りましたっけ?」

取りようによっては失礼な物言いだったが、男の人は優しげな笑顔を絶やすことなく、いいえ、と答えた。

話が途切れる。

「えっと、立派な木ですね。」

私は話の切っ掛けを作ろうと周囲に生える木を誉めてみた。

お世辞ではなく、心からそう思ったから、自然に出てきた言葉だった。

本当にテーブルの周りの木は立派だった。

優しげでどこか懐かしさを感じる。

それは、目の前の男の人にも言えた。初めて会うと言われたが、どうしても初めて会うとは思えなかった。

「桐の木です。」

私の言葉に答えるように男の人は答えた。

「この木達には世話になっているのです。

特にあそこの木にね。」

と男の人は目で一本の木を示す。

その木には私も見覚えがあった。

「え、あの木。」

私は思わず立ち上がるとその木のそばに行く。

「なんだろう、私、この木知ってる。」

木をペタペタ触りながら呟く。

絶対、初めて来る場所なのになんでこの木を知っているのか?

どう考えても不思議な話だった。

「あれ、これって・・・」

木の根元、1メートル位の高さのところに2センチ位のキズがついていた。その3センチ、5センチ上にも同じようなキズがついている。

そのキズのつきかたにも確かに覚えがあった。

どこで見たのか思い出そうとした時、背後から男の人が問いかける。

「今、幸せですか?」

私は振り返る。

初対面の、それも女の私にするにはいささか不躾な質問だったが、何故か不快な気持ちにはならなかった。むしろ、自然で当然な質問に感じられた。

だから、正直なところを答える。

「はい。私、来月、結婚するんです。母も喜んでくれています。

私、自分が生まれる前に父を亡くしているんです。

母は私を女手一つで育ててくれました。」

「苦労されましたね。」

「まあ、嫌なことや悔しい事もたくさん有りましたが、今は凄く幸せです。」

「そうですか。」

「ただ、一つ、心残りがあるんです。」

私の言葉に男の人の表情が曇る。

「なにか心配事があるのですか?」

「心配事というより残念なこと、というのかな。

私、父を亡くしたと言いましたが、その父に結婚の報告ができなかったな、とそれが残念で・・・」

「ああ、そのことですか。」

男の人は、なんだそんな事かというような顔になった。

「それなら大丈夫ですよ。

ちゃんと桐の木が教えてくれてます。」

男の人は笑いながら言う。

なんのことだろうと思ったところで目が醒めた。

 

「あー、変な夢見た。」

まだ、少しぼうっとする頭で頬杖をつく私。

母は朝の支度をしながら、そんな私を半分呆れ、半分心配して言う。

「あんた、そんな調子で新妻とかやれるの?」

「まー、ボチボチとね。」

トーストをかじりながら、私は何気に視線を庭に向ける。

「あーーー!」

私は大声をあげると裸足で庭に飛び出る。

「これよ、これ、これ。」

私は木をペタペタ触りながら叫ぶ。

夢で見た木と同じだった。根本のキズも全く同じようについている。

子供の頃、母が私の背の高さを記録したキズだ。

「お母さん。この木、なんの木?」

何事かと縁側から私の様子を伺う母に私は叫ぶ。

「なんの木って桐の木よ。

あんたが女の子って分かった時にお父さんが植えたのよ。

まだ、生まれてもいないのに。気の早い人だったわ。

あんまし気が早いから私もあんたも置いてきぼりで逝っちゃったものね。あれには参ったわ。」

母はちょっと遠い目をするが、私は私で、それどころではなかった。

庭から家の中にかけ戻る。

「ちょっと、足の砂ぐらい落としなさい。全く朝から何ドタバタしてるのよ。」

怒鳴る母を尻目に私は棚からアルバムを取り出し、めくる。

あった!

私は興奮で震える指で古い写真をなぞる。

若かりし時の母の隣で微笑む男の人が写っていた。

私の死んだ父。

そして、夢の中にいた男の人だった。


『それなら大丈夫ですよ。

ちゃんと桐の木が教えてくれてます。』


ああ、そうか。

私の頭の奥でカチリという音と共にすべてのパズルのピースがはまった。

私は再び、庭の桐の木に目をやる。

父はこの桐の木を通してずっと私たちを見守っていたんだ。

そして、これからも見守ってくれるのだろう。

(ありがとう。お父さん。)

胸の内で呟いた時、気の早い桐の木の実がコトリと庭に落ちた。


2017/07/23 初稿

神秘的な林というか森というか、そんなものを描きたかったのですが、ちょっと違うものに仕上がりました。

これはこれで気に入ってます。

ホラーとしてはどうなんだ、とは思いますが・・・(((^_^;)


最近、おとなし目なので、次回はもうちょっとホラーぽくしたいですね。

なろう企画も参加表明してるので書きたいのですが・・・

プロットはできてるんですが時間が間に合うかが問題です。

書けるのか? 自分。

がんばれ、自分。


次話投稿は7月28日を予定しています。


次話 土潤溽暑つちうるおうてむしあつし

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