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恐怖七十二候  作者: 如月 一
小暑(しょうしょ)
33/72

鷹乃学習(たかすなわちわざをなす)

『ね、鷹取(たかとり)の田舎ってどんなとこなの?」

瑠美はキラキラした瞳を向け隣に座る男に質問する。

鷹取と呼ばれた男は少し困ったような顔をして言いよどむ。

「うん、俺も実はよく知らないんだ。」

「えー、なにそれ。」

「いや、俺のじいさんが若いときに出てっちまったんで、俺も、俺の親もあんまし行ったことが無いんだ。夏の墓参りに、何度か行ったけど、ここ最近は全然行ってない。」

「でも、デッカイ家があるんだろ。」

運転席から川崎司が質問をする。

「いや、でっかいだけの小汚ない家だよ。

人が住んでないから、今じゃ、蛇とか百足の住みかになってるんじゃないかな。」

「え、マジ?

止めてよ

私、蛇とか虫とか本当にダメだからね。」

吉川奈津子が助手席から後部座席へ身を乗り出して叫ぶ。

「本当にダメだからね。出たら全部、あんたたちが何とかしなさいよ。」

奈津子は、右手でグーを作ると鷹取と司の肩を順番に押す、

「やめろ。運転の邪魔だ。」

司は笑いながらじゃれつく奈津子をいなす。

鷹取と瑠美もそんな二人を見ながら、楽しそうに微笑んだ。

鷹取祐也と来生(きすぎ)瑠美、そして(つかさ)と奈津子の四人は車で祐也の田舎に向かっていた。

7月も中旬を向かえ暑い日が続く中、どこか涼しいところは無いかと言う話から祐也の田舎に白羽の矢がたったのだ。

「ホント、山と川、後、畑しかない場所だよ。

住んでる人もジジ、ババばっかだし。」

「えー、そりゃ残念だ。」

という司。

「あんたは私だけ見てれば良いのよ。」

すかさず奈津子が司の頭を小突く。

「だから、やめろって。ホントに事故るぞ。」

「ぎゃ!止めんか。」

司の反撃で脇腹をくすぐられ奈津子は悲鳴を上げる。

「そう言えば、神社があったかな。

小鳥(ことり)(あそ)ぶって書いて小鳥遊(たかなし)って読ませる神社。結構、大きかったかな。」

「ふーん。何が祀られてるの?」

瑠美の質問に祐也は答える。

「確か、幕末の殿様かな。」

「殿様なんだ。偉い人だったの?」

「その逆かな。酷い人だったらしくてかなり恨まれていた。それで、この辺に鷹狩りに来たところで農民に殺されたらしい。

んで、後で祟らないようにって祀ったのが始まりらしい。」

「なんだ、そりゃ。ダメダメじゃん。」

「だね。農民に殺されるとかお殿様弱すぎって感じ。

う、きゃ?」

ケラケラ笑っていた奈津子が前につんのめる。車が急停車したからだ。

「どうした?」

「いや、道が無いんだ。」

祐也の問いに司が戸惑いながら答える。

「道がない?」

祐也が怪訝そうに前を見ると、道は鬱蒼とした森に続いていた。とても、車で進むことは出来ない。

「オイオイ、道案内、しっかりしてくれよ。」

抗議の声を上げる司に祐也は困惑を隠せない。

「いや、間違える筈が無いんだけど。

いや、そもそも、一本道で間違えようがないんだけど。」

「じゃあ、これはどう説明するんだよ。」

「うーん。」

「ねえ、そんなことよりこれからどうするの?」

「どうするもなにも戻るしかないだろ。Uターン出来ないからバックで戻るしかないのか。面倒臭い。」

司はブツブツ言いながらギアをバックにいれて車を後退させる。

「え、なんだ?!」

五分も行かないうちに司は車を再び止める。

道がなくなっていたからだ。

さっきと同じように道は森の中に消えている。

「どうなってるんだ。」

四人は互いに顔を見合わせた。

その時、どこからか変な声が聞こえてきた。

『ヨー、ヨー、ヨ、ヨ、ヨ。』

「なに、いまの?」

と奈津子の言葉に答えられる者は一人も居なかった。

『ヨー、ヨー、ヨ、ヨ、ヨ。』

再び声がする。地の底から聞こえてくるような不気味な声だった。

「外からだよな。」

四人は車から出ると耳を澄ます。

『ヨー、ヨー、ヨ、ヨ、ヨ、

・・・、

ヨー、ヨー、ヨ、ヨ、ヨ、』

声は周期的に聞こえてきた。

「やだ。なんか近づいて来てない?」

奈津子は不安そうに周囲を見回す。

瑠美は無言のまま、そっと祐也の袖を掴む。

突然、祐也たちの背後の茂みがガサガサと音を立てる。

『ヨー、ヨー、ヨ、ヨ、ヨ。』

声と共に一人の男が姿を現す。

白地の長ズボンに、これまた白い長袖に全身を包み、剣道で使うような黒い胴と籠手を着けていた。

両手には1メートル半ほどの白木の棒を持っている。

顔は藁で作った笠のようなものをかぶり見えない。

その奇妙ないでたちに、四人は言葉も忘れて見つめる。

奇妙な格好の男も驚いたようで黙ったまま四人を見つめていた。

一番早く、気を取り直したのは祐也だった。

祐也は多少ひきつった笑顔を見せると、その奇妙な男に近づきながら、問いかける。

「ああ、すみません。この辺の人ですか?

実は僕たち道に迷ったみたいなんです。

道を教えて貰えないでしょうか?」

『ヨー、ヨー、ヨ、ヨ、ヨ。』

男は突然、掛け声を上げながら棒で祐也を打った。

「あ、痛ッ!」

肩を打たれてよろめく祐也を男は更に棒で容赦なく打ち据えた。

「何すんだ!

コノヤロー!」

司が男にタックルする。司は男に馬乗りになると何度も殴り付けた。

「ちょっと、司。やりすぎだよ。」

奈津子が焦って止めに入ろうとした、その時、司が大声を上げて男から飛び退いた。

「うわ、なんだこいつ?」

急に戦意を喪失して後ずさる司とは対照的に、男は何事もなかったように立ち上がってくる。

殴られた拍子で被っていた笠はどこかへなくしてしまったようで、顔が(あらわ)になっていた。

男の顔を見たとたん、祐也達三人は息を飲む。

男の顔の所には真っ黒な塊があるだけだった。実体の無い影のような朧気(おぼろげ)な輪郭がユラユラと揺れている。

『ヨー、ヨー、ヨ、ヨ、ヨ。』

その影から響く声は地響きにも似た、人を不安にする不快な音だった。

『ヨー、ヨー、ヨ、ヨ、ヨ。』

『ヨー、ヨー、ヨ、ヨ、ヨ。』

『ヨー、ヨー、ヨ、ヨ、ヨ。』

男の声に呼応するように声がすると、森の中から男と同じ格好をした者が大勢姿を現した。

皆、手に持った棒を振り上げ、奇妙な掛け声を発しながら祐也達にジリジリとちかづいてくる。

「ヤバイ、逃げるぞ。」

司は、言うが早いか、男達とは反対の森へ逃げ出す。

「え、ちょっと、私を置いていくな。」

奈津子も司を追いかけて森の中へ消える。

「あ、わ、二人とも待って。」

取り残された瑠美が慌てるが司も奈津子も待ってはくれなかった。

「お、俺達も逃げよう。」

額に脂汗を滲ませながら祐也が言う。

したたかに棒で殴られて立っているのがやっとな状態だった。

肩や肋骨、もしかしたら足の骨も折れているかもしれない。

祐也は瑠美の肩を借りながらヨロヨロと森へ入っていった。


『ヨー、ヨー、ヨ、ヨ、ヨ。』


『ヨー、ヨー、ヨ、ヨ、ヨ。』


『ヨー、ヨー、ヨ、ヨ、ヨ。』


森を逃げる祐也と瑠美を不気味な掛け声が追いたてる。

「うぁ。」

木の根につまずき祐也がバランスを崩す。

肩を貸していた瑠美が支えようとするが、体の小さな瑠美は祐也を支えることが出来ず、二人して地面に倒れ込む。

『ヨー、ヨー、ヨ、ヨ、ヨ。』

掛け声はすぐそこまで来ていた。

「はぁ、はぁ、はぁ。

る、瑠美、

俺の事は置いて、お前だけでも逃げろ。」

荒い息をつきながら祐也が言う。

「嫌よ。置いて行けるわけ無いじゃない。」

祐也は瑠美を突き放そうとするが、逆に瑠美はその手を話さない。

二人は暫し、にらみ合う。

瑠美は目に涙を溜めて、口を真一文字に結んで祐也を睨み付ける。

一歩も引かないという強い意志に祐也の方が折れる。

「仕方ない。」

二人で助かる方法を考えようと祐也も腹を決めると、瑠美の手を借り立ち上がる。

祐也は頭を冷やす。

今の自分の状況では逃げ切る事は難しい。となれば、助かる方法はひとつしかない。

祐也は瑠美に近くの茂みを指差した。


手に棒を持ち、笠を被った異形の者達が徐々に近づいてくるのを肌で感じながら祐也と瑠美は茂みに身を隠し、息を殺す。

カサリ、カサリと草を踏みしだく音が聞こえる。

瑠美は口を手で押さえ、懸命に声を押さえる。

祐也も心臓が破裂しそうな状態になっていた。

『ヨー、ヨー、ヨ、ヨ、ヨ。』

耳元で掛け声をかけられたように思い、祐也は思わず叫びそうになるのを懸命に堪える。

『ヨー、ヨー、ヨ、ヨ、ヨ。』


    『ヨー、ヨー、ヨ、ヨ、ヨ。』


        『ヨー、ヨー、ヨ、ヨ、ヨ。』


掛け声は少しずつ遠ざかっていった。

「私たち助かったの?」

瑠美が囁く。

祐也は分からない、と小さな声で答える。答えながらも祐也はあることに気付いていた。

それは、あの異形の者達が発している掛け声が鷹狩りで獲物を追い込む時に村人や足軽達が発する掛け声と同じだということだ。

鷹狩りの時の掛け声は地方地方で違うらしい。父親から何かの、拍子に自分の田舎の掛け声を教えてもらった時の掛け声が今聞こえてくるものと同じだった。

掛け声は違うが鷹狩りのやり方はほぼ同じだ。

大勢の人間が大声を上げて、獲物をある一点に追い込んでいく。

追い込む先は開けた場所で、獲物が開けた場所に飛び出したら鷹をけしかけて捕まえる。

逆の言い方をすれば、追い込む者の囲みから抜けられれば助かると言うことだ。

既に微かにしか聞こえなくなった掛け声を耳の片隅に捉えながら、祐也は瑠美に答える。

「多分だけど助かったと思う。」

「そう、よかった。

奈津子達も無事だと良いけど。」

瑠美は安堵の笑みを浮かべながら呟く。

「奈津子、・・・司。

そ、そうだな。司と奈津子も無事だと、いいな。」

追い込まれた獲物は鷹の餌食になる。

司達は逃げれたのか、それとも追い込まれているのか?

祐也は自分の想像に戦慄した。


司と奈津子は掛け声に追われ森の中を逃げ惑っていた。

掛け声は後ろから、右から、左からと聞こえてくる。

「うわ。」

不意に視界が開けて、司は思わず声を上げる。

ちょっとした学校のグラウンド位の広さの草地が目の前に広がっていた。

踏み入れて良いものか躊躇する司の横を奈津子が疲れきった表情で通りすぎる。

声をかけようか迷ったが、今の奈津子に声がとどくとも思えなかったので止める。司も怖れ、疲れきっていたのだ。

『ヨー、ヨー、ヨ、ヨ、ヨ。』

後ろから聞こえてくる掛け声に追いたてられて司も、空地へと足を踏み入れた。

空地の真ん中位まで来たところで地面に黒い影が落ちる。

反射的に顔を上げた司は、信じられないものを目の当たりにする。

2メートルは有ろうかと言う巨大な鳥が猛スピードで舞い降りて来ていた。

「奈津子、上!危ない。」

瞬間的に鳥の目標が自分ではなく奈津子であると知った司は叫ぶ。

「きゃあ。」

遅かった。

鳥の鋭い鉤爪が奈津子の肩に食い込み、地面に打ち倒される。

そこで、ようやく司は事態の異常さを正確に理解した。

鳥と見えたそれは、鳥ではなかった。

体は確かに鷹等の猛禽類のそれだった。

だが、頭は人間の顔、いや、人間の顔と呼ぶこともはばかれる。

ほぼ顔の側面についているような離れすぎた両の目、巨大な口と乱杭歯。そして、なにより額から伸びる日本刀のような突起。

それは、まともな世界の生き物では無い。

「ケケケケケ」

それは人の嘲り似た声を上げると角を何度も奈津子の体に突き立てる。

「いや、痛い、助けて。」

ザクリ、ザクリ。

角を突き立てられる度に奈津子は血渋き上げながら絶叫していたが、やがて、ピクリとも動かなくなった。

ザクリ、ザクリ、ザクリ。

それは動かなくなった奈津子の体になおも何度も角を突き立てる、

司は呆けたように奈津子が蹂躙されるのを見つめていた。

それが不意に動きを止めて、司の方を見る。

「クエケケケ。」

それは高らかに啼くと空に舞い上がった。

「ヒッ。」

司は声にならない悲鳴を上げる。

それは司の頭上をぐるぐると旋回しはじめたからだ。

明らかに司を次の獲物と考えているのだ。開けた空間の真ん中で身を隠せる場所などどこにもない。

(逃げなくては。)

司は無我夢中で走り出す。

暫く、空を旋回していたそれは、森に逃げ込もうとする司、目掛けて降下を開始した。






2017/07/17 初稿

次回のお題は植物です。

植物ネタは正直苦手です。

自分が余り植物に詳しくないのが原因ですが植物って、優しく静かに見守るって感じなので、自分の中では余り恐怖と結び付きにくいかなっと、勝手に思っています。

水木しげる先生の描かれる山や南方のジャングルは不気味良いのですけどねー。

あんな幻想的なイメージが表現できるといいんですが・・・


次話投稿は7月22日を予定しています。

桐始結花きりはじめてはなをむすぶ

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