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確信犯  作者: 杉恵 幾
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第八章


 警察が来た。男と女が一人ずつ。男の方とやたらと目が合った。おそらくあの人は気づいてる。俺がやったと気づいている。


 彼らが引き上げた後、急いで畑に行った。畑の隅にたっている小さな小屋。小屋の中には様々な農機具が乱雑に置かれているがその隅に机がある。机の上には血だらけの作業着と剪定《せんてい》用の枝切り鋏、そしてスコップが立てかけてある。その机に近づくとそれぞれを順番に手に取った。この作業着は元々畑仕事の際に着ていたものだったが今は犯行を行う時に着ている。何度洗っても血が落ちなかった。気持ちが悪いが何枚も用意するのは勿体ないので犯行の際はいつもこれを着ている。そして枝切り鋏。これも畑に植えてある梅の木を剪定する際に使っていたものだが、今は死体の指を切るために使っている。元々太めの枝を切るための物なので指を切るのも難しくはなかった。二つを持った後、最後にスコップを取る。このスコップは確か畑を始める際に買い揃えた物の一つだったはずだ。畑を耕《たがや》し、肥料を混ぜるために使った。今は人の頭蓋を割るために使っている。それぞれを持ちながら暫く考える。別に後悔なんかこれっぽっちもしていないし、もしも犯行前に戻っても自分は必ずまた同じことをする自信がある。ただ、少し不安になったのだ。三人しか殺せなかった事に。俺の使命は果たせただろうか。

 ふとあの日を思い出す。よく晴れた春の匂いがする日だった。『彼』に会いたい。天使の様な彼。今から俺はどうすれば良いのか教えて欲しい。あの時の様に。


 あの公園に行ってみよう。また『彼』に会えるかもしれない。










 根本の携帯が鳴った。それを取ったのは助手席に座る竹川だった。


「俺だ。どうだった?」


 電話の相手は松田だ。根本が出るものと思っていたので竹川が出たことに一瞬戸惑った彼は、それでも竹川に促されるまま話し出した。


『竹川さんの予想通りでした。寺田はシロです。玄田武《げんだたけし》殺害時間帯に寺田の自宅付近で不審者が目撃されており、更に強姦未遂が発生していました。目撃者、被害者の証言から犯人の特徴が寺田誠司と一致。奴に問い詰めたところ自供しました。足の怪我は被害者と揉み合った際に負ったものだそうです』


「そうか」


 松田の返答を聞いたあと運転をしている根本に目配せをする。それだけで電話の内容を把握した彼女は眉間に皺を寄せる。


「松田、寺田の野郎は他のやつに任せてお前は田中と合流しろ。あいつは今星野の所有する畑に向かってる」


『了解』


 通話の切れた携帯を根本に返し竹川は頭を助手席のシートに打ち付けた。


「クソったれ。星野の野郎どこ行きやがった」


 そんな竹川の様子を横目で見ながら根本が答える。


「自宅はもぬけの殻。星野が使用している軽トラックがありませんでしたね。犯行を続ける気なのでしょうか」


「わからん。だかその可能性は多いにある」


「では次の標的は?被害者の共通点は老人だということしか判明していません。次の犯行が予測できない」


 竹川は頭をガシガシと掻きむしる。


「いや、共通点は何となくわかっている」


 はじめて聞く情報に根本は思わず声を上げた。


「は?わかっていたんですか!?」


 竹川は運転席側の耳を押さえる。


「うるせえな。ただこれがわかったところで次のターゲットは謎のままだ」


「何故ですか?説明をしてください」


 竹川がしょうがないなと溜息をつきながら説明をはじめる。


「埼玉の被害者、高嶋礼二《たかしまれいじ》。自宅の様子を覚えているか?」


 根本は彼に問われて記憶を探る。確かあの時は竹川に無理を言われイライラしていたのを覚えている。そして雨の中、門から玄関に向かって・・・。


「盆栽や鉢植えがすごく多かったです」


 竹川は続ける。


「世田谷の被害者、金丸《かねまる》ヨシ子。田中が調べてきた情報によると彼女の趣味はお菓子作りと料理だった。最後の被害者玄田武はあの年でドライブが趣味だったそうだ」


 根本はまだわからなかった。


「高嶋礼二の世話をしていたヘルパーに聞いたところ苗を買いに行っていたのは自宅近くの道の駅。そして金丸ヨシ子は近くの小さな八百屋によく行っていたそうだ。玄田武の財布の中からは高嶋礼二がヘルパーに連れていってもらっていた道の駅のレシートが出てきた」


 根本は目と口を大きく開いた。まさか。


「今言った道の駅、八百屋には星野徹が野菜や苗を納品していた」


「まさか納品時に知り合ったとでも!?」


「知り合った経緯はわからん。向こうから話しかけてきたのか、星野が目的を持って話しかけたのかは謎だ」


「いつの間に調べたんですか?」


「お前らが病院あたってる間にな。星野の取引先は昨日飯食った後に一人で調べた。まぁ、そんなことやってる間に星野の野郎はどっかいっちまってたんだがな」


 言葉が出なかった。しかし恐らくこれは偶然ではない。こんな偶然はない。


「俺はこの考えでまず間違いないと思っている。ただこれがわかったところで次のターゲットはわからねえんだよ」


 確かにそうだ。道の駅や八百屋の利用客を洗うには時間がない。


 どうすればと悩んでいるとまた携帯が鳴った。


「すみません、出て頂けますか?」


 根本が差し出した携帯を竹川が受け取る。


「竹川だ」


『あれ?竹川さん?僕根本さんにかけたはずだったんですけど』


「田中か。根本は今運転中で出れられない。代わりに俺が聞くから話せ」


『あ、そうなんですか?では報告します。畑に到着したんですが掘っ建て小屋がありまして、その中から血痕が見つかりました』


「様子を教えろ」


『小屋の中には農機具などがあったんですが隅に小さな机がありまして。学校の机みたいな小さい木製のやつです。この机が血だらけですね』


「机には何も置いてないのか?」


『はい。でも、ここにあった何かを持っていったのは明らかですよ』


「わかった。もうすぐ松田がそっちに合流する。二人で一度本部に戻ってくれ。奴の軽トラックのナンバーを手がかりに本部の奴らが動き出してるはずだ」


『了解しました。竹川さんと根本さんはこれからどうするんですか?』


「奴がよく顔を出していた保育園に向かってる。最後に奴と話をしたのはそこの保育士のはずだ」


『分かりました。気をつけてくださいね』


「お前らもな」


 携帯を切った竹川に根本が話しかける。


「何かわかりましたか?」


 問われた竹川は苦い顔をした。


「どうやら凶器を持ち出しているらしい」


「あの畑に凶器を隠していたんですね」


「ああ。小さな小屋があったろ。あの中だ」


「凶器は農機具でしょうね」


「恐らくな。とりあえず急げ」


 竹川はそういうと大きく息を吐いた。


「また降ってきそうですね」


 根本が視線を少し上に上げる。空には灰色の雲が広がっていた。


「嫌な時期だ。気が滅入る」


 気が滅入るのは天気のせいだけではないのだろうなと根本は思った。













「いいえ、星野さんは昨日帰られてからこちらにはいらっしゃっていません」


 根本に問われた保育士は顔を青くしながら答えた。彼女の顔色が優れないのは先程ニュース速報で星野が殺人犯だと言う事を知ってしまったからだ。


「昨日彼はどんな様子でしたか?この保育園を去った後に行方をくらましているんです」


 問われた彼女はかなり狼狽えていた。もしかしたら彼女は優しく親切な星野に特別な感情を抱いていたのかもしれない。


「わかりません。特にいつもと変わりませんでした。あぁ、どうして彼が」


 これ以上は何も出てこないと判断したのだろう。竹川が根本を肘でつついた。つつかれた根本は保育士の女性にお礼を言い、後で捜査官が来ることを伝えその場を離れた。



「困りましたね。ここで何か掴めるとは思っていませんでしが、これで手がかりを探そうにも探せなくなりましたよ」


 下駄箱で靴を履きながら根本が竹川に話しかける。竹川はそれを聞くと舌打ちをして歩き出した。


「もう一度星野の自宅に行くか。何か見逃してるかもしれん」


 先に歩き出した彼に追いつこうと根本が小走りになった時、視界の隅で何かが動いた。視線をやるとその先には少女がいた。


「あれは、ミキちゃん?」


 根本の呟きに先を歩いていた竹川が止まった。彼女と同じ方へ視線をやり、その視界にこちらに背を向けしゃがみこんでいる少女を映した。


「・・・」


 竹川は無言で進行方向を変えた。駐輪場へ向かうはずだった足は小さな少女の方へと動き出す。


「ミキちゃん」


 近づいて声をかける。対子供用の優しい声色だ。

 彼の呼びかけにミキちゃんは後ろを振り返った。


「何してるんだい?」


 少女の目線に合わせるように竹川はしゃがみ込む。


「あめだまのおじちゃんだ」


 随分と可愛らしいあだ名に根本が思わず吹き出した。これは後で怒られる。


「ミキちゃん何してるんだい?」


 あだ名を無視して竹川がまた同じ質問をなげかけた。


「トマトさんをみてたのよ」


 少女の言う通り、彼女の前には小さな畑があった。これが保育士の言っていた星野に見てもらっているという菜園なのだろう。


 竹川はふと少女の手元に目をやった。


「ミキちゃん。その手に持っているのはなんだい?」


 少女は自分の手に視線を移す。


「これ?これはトマトさんよ」


 そう。彼女の手にはトマトの苗らしきものが握られていた。


「引っこ抜いてしまったの?」


 竹川の声色が少しだけ変わった。しかし少女はその事には気づかずに彼の質問に答える。


「うん。このこはげんきがないからひっこぬくの」


「どうして?」


「そうするとほかのこがげんきになるの」


 根本も何かに気づいたらしい。後ろから彼女の息を呑む音が聞こえる。


「とおるくんがおしえてくれたの。〝まびき〟っていうんだって!」


 全てが繋がった気がした。竹川、そして根本の頭の中で今までの犯行現場が思い出される。年老いた老人の死体。切り取られた中指。そして壁に描かれた根っこのついた四葉のクローバー。それら全てが表していたのは恐らく・・・。


「ねぇ、ミキちゃん。徹くんは他にも何か教えてくれた?」


 何か、何か手がかりはないかと少女に問いかける。竹川がそう聞くとミキちゃんは花が咲いたような笑顔で教えてくれた。


「とおるくんはすごいのよ!〝てんしさま〟にあったことがあるんだって!」


「天使?」


 耳慣れないワードに竹川と根本の眉間に皺がよる。


「天使ってあの羽が生えた?夢で会ったのかな?」


 彼はもしかしたら精神を病んでしまっているのかもしれない。妄想か夢か。もしくは何かの宗教か。


「ちがうよ!しょうがっこうのちかくのおおきなふんすいがあるこうえんであったんだって!」


 訳がわからない。小学校の近くの公園というのは心当たりがあるが、宗教団体が活動するような場所ではない。では妄想か。薬物使用の可能性もあるなと考えていると少女が話を続けた。


「てんしさまはなんでもおしえてくれるんだって!ミキもあってみたいなー!」


 その言葉に竹川が反応する。


「徹くんは何を教えてもらったのかな?」


「わかんない!でもすごくたすかったんだって!やらなきゃいけないことがわかったんだって!」


 竹川は何かを考えた後でスッと立ち上がった。


「教えてくれてありがとう。トマト、出来るといいね」


 そう言うと竹川は少女の頭を撫でてその場を離れ、今度こそ駐車場へと向かった。


「天使様とはなんでしょうか?」


 後ろから付いてきた根本が竹川に問いかけた。


「わかんねぇよ。宗教か薬物か、もしくはそれ以外か」


 イライラした様子の竹川は根本に言う。


「お前はどう思う?」


 車に付いた二人。運転席のドアを開けながら根本は答えた。


「・・・彼が、星野が天使だという人物は本当に天使なのでしょうか」


「はぁ?どういう事だ?」


 ドアを開けシートに座った竹川が彼女に問い返した。彼女はシートベルトを閉めながら竹川の目を見つめる。


「仮に、彼が天使だと崇《あが》める人物がいたとしてもそれは天使ではありません。あれほど残虐な犯行をする人物が思う天使は、我々から見たらそれは天使ではなく、悪魔なのではないでしょうか」


 根本はまっすぐ竹川を見る。竹川は「そんなことは聞いていない」と、言おうと思ったが彼女が真剣な顔のまま再び口を開いたので言い出せなかった。


「もしもです。もしもその〝天使様〟が彼に犯行を勧めていたとしたらどうしましょう。彼の背後にいる何者かを、我々が捕《と》らえることは出来るのでしょうか」


 つまり彼女はこう言いたいのだ。先程ミキちゃんが言った天使様がこの一連の事件の黒幕なのではないかと。この残虐な事件の後ろで糸を引いている人物がいるのではないかと。


 竹川の頭の中で何かが弾けた。鳥肌が立つ。

 ここにきて、急に出てきた登場人物。

 本当に捕まえなければいけないのは、誰だ。


「なんだか嫌な予感がします」


 そう言った根本は自身の左手薬指をさする。そこには少しだけ黒ずんだ、しかし綺麗なシルバーリングが光っていた。竹川はその様子を眩しそうに見つめた後、先程ミキちゃんにしたように根本の頭を撫でた。


「大丈夫だ」


 根本は竹川を見やる。


「腕。鳥肌立ってますよ」


 そう言われた竹川は舌打ちをした。


「とりあえず行くぞ」


 竹川はシートに背を預け懐からキャンディを取り出して舐め始めた。竹川に支持された根本は車のエンジンをかけ、発進しようと思ったところでどこに向かうのか聞いていなかった事を思い出した。


「どこへ向かえば?」


 甘い筈の飴を苦そうに舐めながら彼は答えた。


「天使に会えるっていう公園だよ」

次で最後かな?

まだかな?

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