第七章
短いです。
「榊原のアリバイはどうだった?」
四人が集まったのは日付が変わる前のファミリーレストラン。田中の前には生姜焼き、松田の前にはリゾット、根本の前にはネギトロ丼が、そして竹川の前にはピザが運ばれて来た後に竹川が松田に尋ねた。
「間違いありませんでした。不倫相手の女性にも確認しましたし、監視カメラにもしっかりと映っていました」
「じゃあ残りは星野と寺田か」
それきり竹川は黙ってしまったので皆それぞれ自らの料理に手をつけ食事を続けた。
しばらくの間全員が静かに食事をしていたのだが、生姜焼きを食べていた田中が眉間に皺を寄せ、口をモグモグと動かしながら話し出した。
「でもあの寺田誠司って奴は怪しすぎますよ!あの焦りよう!皆さんもそう思いませんでしたか?」
実はここに来る前に三人目の被疑者である塾講師、寺田誠司に聴取をしてきていた。
根元は醤油とたっぷりのワサビが入ったネギトロ丼を口に運びながら田中の話を聞き、先程会ってきた人物を思い出した。
寺田誠司。彼の勤務が終わった後に待ち合わせたの彼のマンションだった。小さな六畳程のリビングにあったソファに腰掛けたのはやはり竹川と松田だった。根本と田中はそのソファを挟むようにそれぞれが床に直接座りローテーブルを囲った。
お茶を用意し、竹川と松田の前に一人がけの椅子を持ってきて座った寺田は終始視線を泳がせ挙動が怪しかった。
あまりにもオドオドとしているので女性である根本がゆっくりと普段は出さないような優しい声で彼に語りかけたのだ。
「私たちが貴方を尋ねてきた事に何か心当たりはありませんか?」
問われた寺田はしどろもどろになりながらも、何故我々が来たか分からないと答えた。あまりのあからさまな挙動不審に四人が顔を見合わせた程だった。
結局、昨日のアリバイがなかった彼からの聴取は三十分程で終わり朝からろくな食事をしていなかった四人はそのままご飯を食べに来たのだ。
「寺田で決定ですよ!」
興奮した様子で田中が怒鳴る。それを見た松田は肘で彼を突き注意した。
「声がでかい。それにまだ決まった訳では無いだろう。星野にもアリバイはなかったんだ」
「でも、じゃあ何故寺田はあんなに挙動不審だったんですか?」
「わからないが決めつけるんじゃない」
そう言われた田中は口を尖らせてまだもごもごと何かを言っている。
食事を終えて箸を置いた根本が尋ねた。
「竹川さんはどう思いますか?」
既にピザを食べ終えていた竹川はオレンジジュースを啜っていた。
「え?なにが?」
「どちらが怪しいと思いますか?」
ズズっと音を立ててジュースを飲み終わった竹川は腕を組み鼻から息をゆっくりと吐いた。
「わからん。わからんがどちらも怪しい」
「どうしますか?」
「どうするって?」
皆がご飯を食べ終え、真剣な様子で顔を見合わせる。
「もしも次があるとしても今までの犯行から見てまだ時間はあると思いますが何か策を練るなら話し合わなければ」
根本が竹川に言うが、彼は大きく首を振った。
「いや、駄目だ。そんな暇はない」
彼のいう意味がわからず今度は三人だけで顔を見合わせる。
「よく考えてみろ。もし彼等のどちらかが犯人だどする。そして犯人の目的は前にも言ったが恐らく犯行そのものだ。だとすると?」
ハッとしたのは根本と松田だった。
「そうだ。俺が犯人なら警察が来たら焦る。捕まるのも時間の問題かもしれないと思う」
そこでやっと田中が気づいたのかバッと立ち上がり叫んだ。
「はやく次を殺さなければと思うんですか?!」
松田が田中の首に腕を回した。
「声がでかい!!」
皆で田中を一度づつ殴り、ほかの客や定員から白い目を向けられながら話を続けた。小声で。
「ではどうするんですか?」
松田が竹川に問う。
「二手に別れ監視する。どちらかが動くはずだ」
「どちらに誰がつきますか?」
問われた竹川は根本を見た。
「俺とこいつで星野、お前ら二人で寺田だ」
それを聞いた根本はすかさず彼に問いかけた。
「竹川さんは星野が怪しいと思っているんですか?」
彼は肩をすくめる。
「いや、確定ではない。けど寺田には引っかかるところがある」
そこで竹川は店員を呼びチーズケーキ注文した。その後しばらく黙った後でゆっくり話し出す。
「お前らも気づいてるだろ。寺田の奴、俺達が来た理由を話した時かなり取り乱した」
その通りだ。あんなに挙動不審だったにも関わらず、訪問した理由を話した途端かなり慌てた。まるで自供しているような態度だったにも関わらず理由を聞いた途端に自分ではない、何かの間違いだと狼狽したのだ。
「奴にやましいところがあるのは明らかだ。ただあの反応は少しおかしい。どう思う?」
竹川に問われた三人は顔を見合わせる。答えたのは以外にも先程まで寺田が怪しいと言っていた田中だった。竹川の話を聞いて気づいたのだろう。
「容疑を聞いて大変憤慨していました。しかしそれまでの寺田の様子は何かを隠しているのが見え見えでした。ということは」
自分の仮説があっているのか不安なのだろう。田中は恐る恐る話し、一度言葉を止めると松田を見る。松田は彼を見て、大丈夫と言うように頷いた。松田のその反応で安心した田中は続きを話し出す。
「自分が心当たりのある容疑と我々が尋ねた容疑が違っていた」
竹川が大きく頷いた。
「恐らくそうだ。彼は昨日、いや、日付が変わったからもう一昨日か。一昨日の夜に何か俺らの厄介になるような事をした。しかしそれは今回の事件とは関係ない可能性がある」
松田が額に手のひらを押し付け大きく溜息をついた。
「なんて紛らわしい。では奴の何かしらしでかした犯行を証明すれば星野に絞れる訳ですね」
「とりあえずお前らには奴の一昨日の行動を探ってほしい。何かやらかしているはずだ。だがまだ確定ではないからな。星野も違うかもしれない。そうすればまた一からやり直しだ」
竹川はそう言うがここにいる三人はそんなことはないと思っていた。恐らく犯人は星野だ。しかし、犯行理由が分からない。根本は昨日あった星野を思い出す。爽やかな人だった。子供や保育園の職員と話す様も優しく思いやりに溢れていた。
頭の中で勝手に想像が膨らむ。暗い部屋、返り血を浴びた彼が死体の中指を切り取りそれで壁に絵を描く。不気味だ。
竹川の元にチーズケーキが運ばれてきた。きっと彼も似たような想像をしていたのだろう。険しい表情をしながらチーズケーキを咀嚼している。根本もコーヒーを飲み込んだ。しかし先程の不気味さは未だに喉の奥にこびり付いているようだった。
星野徹が姿を消したのはその日の明け方だった。
もうそろそろ終わりです。
頑張るぞ。