月夜の桜
別荘に着く頃にはもう陽が落ちて暗くなっていた。
「お疲れ様、陽愛。すぐ部屋で休めるようにするわね」
汐里は私の手を引いて門に誘導する。
ふと視界に入ったのは大きな一本の桜の樹。
「ここはよく雪乃さんが養生に来ていたから…
蒼太郎様が庭園から移植なさったのよ」
ここに、あの庭園があるなんて。
「そうだったの…」
立派なその桜はまだ五分咲き程度だった。
満開になるのが楽しみね、とここでの楽しみを見つけてみる。
「陽愛、早くおいで」
夏海さんが陽太を抱いて私を呼んでいる。
もう一度、その樹を見上げてから二人の元へ駆け寄る。
「部屋に行きましょう、陽愛の部屋は雪乃の使ってた部屋よ」
夏海さんが楽しそうに笑う。
もうすぐ蒼太達が戦に行ってしまうなんて忘れてしまいそうな明るい笑顔。
「今日は早く寝ましょう。疲れたでしょう」
汐里がそっと各部屋に布団を敷いていく。
私は汐里と同じ部屋、陽太と夏海さん、その間に渚が待機することになった。
「じゃあ、灯りを消すわね」
おやすみ、と汐里が灯りを吹き消すと部屋は一気に暗くなった。
しばらく時間がたって、皆の寝息が聴こえてきてもなかなか寝つけなかった。
月明かりを頼りにそっと縁側に出てみる。
闇夜にぼんやりと桜の樹が見えた。
「寝付けないのですか」
ぼんやりしていたせいで後ろに人がいることに気付かなかった。
「…っ渚、起きていたの?」
月明かりで辛うじてわかる表情は、哀し気に笑っていた。
「人の動く気配がしたので」
用心棒としてついてきてくれたのだから当然だった。
でも、申し訳のないことをしたわ。
きっと、彼も戦に参加して蒼太を守りたかっただろう。
「私達の護衛なんてさせてごめんなさいね」
渚はその言葉に驚いたようにはっと息を漏らした。
私は今、どんな顔をしているだろうか。
きっと、彼と同じ哀しい顔をしているのだろう。
渚はふっと笑って首を振った。
「陽愛様達の護衛に選ばれたことは嬉しいです。
それだけ信用されているということですし…」
渚はそこで言葉を切って、そっと桜を見上げた。
「私は、陽愛様のことが好きです。
蒼太様を大切に思われる陽愛様はとても気高くてお強い」
渚は桜を見ながら、桜を見ていなかった。
まるで、誰か別の人を想っているみたい―…。
「どうか私に貴女様を守らせてください」
渚はそっと方膝をつき、手を差し出した。
その手にそっと手を置いて、私も答える。
「私はあなたが思うほどの人ではありません。
でも沢山の人に守られている、その事を忘れずに守られる価値のある人として生きていくわ」
私は、もう何にも屈しない。
だから蒼太、貴方も無事でいて。
月夜の桜に、願いをこめて。
そっと、眠りについた。




