赤い月
義父に呼び出されたのは、ある日の夜のこと。
蒼太と二人で部屋に行くと、汐里が軽く会釈をして襖を開く。
義父はいつもと違って、何か深刻な顔をしていた。
「揃ったか」
落ち着いたその声に背筋が伸びる。
「大事な話とはなんですか」
蒼太も少し緊張した声だった。
「…大分前から考えていたことだ。
もう決めたことだから異論は聞かん」
反対することを許さない、視線が鋭くなった義父に空気が張り詰める。
「今日、今時分から春宮家当主を蒼太、お前とする」
一瞬時が止まったかのように錯覚した。
蒼太が今にも立ち上がりそうな勢いで身を乗り出す。
「どういうことだ…っ、俺はまだ…!」
蒼太の膝に手を置き、視線で言葉を遮る。
「どうして、そう決められたのですか?」
静かにそう問いかける。
見定めるような瞳で義父は私を見つめ、そして言った。
「まず、蒼太にお前のような嫁ができたことだ。聡明な嫁がいれば蒼太に当主を譲ろうとずっと考えていた」
そっと蒼太の膝から手を離し、蒼太が落ち着いたことを確認する。
「次に、俺の命はもう長くないことだな」
自分を嘲笑するように目を細めて、遠くを見つめる義父に胸が苦しくなった。
本当の理由がわかったようでつい視線を下げてしまう。
「雪乃との思い出の場所に赴いて、あいつを感じたいんだ」
強面に似合わない淋しそうな笑顔、雪乃と言ったその声が哀しくて心に決めた。
「義父様、いつ頃お帰りになりますか?」
そう聞くと義父は驚いたように笑った。
「今すぐにでも行こうとしているのを、見透かされていたか」
豪快な笑い声に少し安心する。
「桜の頃には戻ってくるさ。ここの桜は雪乃が好きだったからな」
蒼太は諦めたように軽く笑って言った。
「前から仕事は俺がやっていたし、有り難く当主の座を譲られてやるよ」
素直じゃない返答に義父は安心したように笑った。
「陽愛、これから忙しくなるな」
部屋に戻りながら蒼太は少し申し訳なさそうな顔をして言った。
「私が望んだことだから、気にしないでよ」
そっと抱き締められて胸が高鳴る。
幸せすぎて、この世がどれだけ残酷かを忘れていた。
蒼太の肩越しに見えた夜空に浮かぶ赤い月が、それを警告しているかのように妖しく光っていた。




