季節外れの桜
窓の外、闇夜に蛍の光がふわふわ舞っている。
蒼太に昔のことを思い出したと言ったら、どんな顔をするだろうか。
指先で髪に挿した簪の飾りをゆらゆら揺らす。
いつもより遅い時間に蒼太は来た。
「遅かったね」
振り返るといつもよりにこやかな蒼太の顔。
「先に寝てるかと思った」
隣に腰を下ろした蒼太の肩に静かにもたれかかる。
「私ね、昔のこと思い出したの」
静かな夜に私の声だけが響く。
「変わってしまったのに、想い続けてくれてありがとう」
私はあなたのことを忘れてしまっていたのに。
「陽愛は変わらないよ」
蒼太の優しい、凛としたその声が私の湿った声を遮った。
「変わったように見えたけど、やっぱり陽愛は陽愛だった」
決して私の方を見ずに、ほんのり染まった頬を隠すように、蒼太は暗闇で前を向いたまま言った。
「それより、渡したいものがある」
蒼太が急に立ち上がり蝋燭に火を灯した。
「母に頼まれていたのを忘れていたんだ。陽愛に渡せと」
蒼太がぱさっと広げたその着物に、見覚えがあった。
「それ…!」
雪乃さんがたまに着ていた着物。
白い生地に所々ほんのり淡い薄紅、その上に散る小さな桜。
雪のように白い雪乃さんがその着物を着ていると、本当に儚く消えてしまいそうに見えたことを覚えている。
「これを着て、婚礼の儀を挙げてほしいと言われた」
蒼太が私の肩に掛けたその着物は驚くほど私にぴったりの大きさだった。
「婚礼の儀を挙げてもいいか?」
上目遣いで不安そうに聞く蒼太に微笑んだ。
「もちろん!とても嬉しい」
雪乃さんが用意してくれた着物で、貴方の隣にたてる日がくるなんて。
やっと永遠の誓いをたてられる。
今度は忘れたりしない。
幸せそうに笑う蒼太を抱き締めて、静かに眠りに落ちていった。
そろそろ蛍の数も減ってきた頃、婚礼の儀が執り行われた。
杯を交わして、私たちは本当の家族になる。
「お似合いの夫婦だな」
義父様がその強面に似合わない涙を浮かべて笑っていた。
「蒼太、ずっと一緒にいてね」
隣の蒼太の顔を覗きこむと、ぱっと目を逸らされる。
「ちょ、なんでこっち見てくれないの」
むくれた私に蒼太が小さく呟いた。
「綺麗すぎて見てたら照れるんだよ、ばか」
頬が紅潮したのが自分でわかって、俯く。
恥ずかしい台詞を言った本人はなにかが吹っ切れたらしく、私をからかうように笑った。
「季節外れの桜だな、俺だけの大切な華だ」
蒼太の笑顔が優しくて、更に顔が紅くなる。
私は真っ赤な顔をお酒のせいにしようとひたすら杯をあけた。




