鉄の心臓
確か……名前は何だったかな、ソフトボール部の子だったと思うけど、多分、私の覚えている限り話したことは無い子。
陸上部とは練習場所が近いから顔は知ってたけど、本当にその程度の距離感で……少なくとも私はそのつもりで、だけど向こうにとってはそうじゃなかったみたい。私はこういうすれ違いが多い。
冬休みも目前に迫った12月の中盤、期末テストを終えたタイミングでその子から手紙を貰って、まぁその、話を聞いた。こんな私のどんな部分を気に入ってくれたのか……なんて言うか、奇特な子? だったな。
「……え?」
「え?」
柔軟体操をしながら淡々と話を進める内に、瑠衣の顔色はずんずん青ざめていった。
「それで、断ったんですか?」
「そりゃ断ったよ」
「え? 璃々先輩、人の心とかあります?」
「いや、だって誰だか分からないし……女の子同士でそういう関係になるのは別に抵抗ないけど、それでもこのタイミングに告白は無いでしょ?」
「ひょっとしてですけど、それ本人に言いました?」
「うん」
「うわー」
「ドン引きじゃん」
どうして?
私は受験生。この年末は勝負の時期だ。あの子もたしか3年生だったと思うから、お互いに惚れた腫れたなんて言ってる場合じゃない。自分の将来のため全力になるべきだ。何も間違ったことは言ってない。
「正論って人を殺すんですよね……実例を見るとは思いませんでした」
「そんなに?」
「だってそうじゃないですか! その……どなたでしたっけ? 受験の不安とか色々振り払いたくて、追い詰められての告白だったんじゃないですか?」
「何で分かるの?」
「この時期の告白ってそれしかないでしょ?」
「そうなの?」
「ひょっとして鉄とかの心臓いれてます?」
「右脚以外は天然ものだよ。瑠衣も知ってるでしょ?」
「天然なのは頭だけにしてください」
「じゃあどーすりゃ良かったのさぁ~~……」
瑠衣に背中を押してもらいながら思い切り息を吐き前屈する。
薄い胸と太ももはペッタリ重なり、手の平は靴の裏をガッシリと掴む。他に何の取柄もないけど、長座体前屈は学年で一番だ。あんまり陸上に関係ないのが惜しい。
自他ともに認める器用貧乏。大会じゃロクな記録を残せなかったけど、一応は部長だったし、その辺は内申点にプラスされているだろう。それが無ければ推薦枠を貰えなかったかもしれない。
「断るにしても希望を見せると言うか、少なくとも絶望に叩き落す必要はなかったと思います」
瑠衣が背中に乗っかって来て、上半身と下半身がさらにくっつく。
「先輩に座るのどうかと思う」
「お仕置きです」
「でもさ、その気もないのにそれっぽいこと言うのも違うじゃない?」
「そうですけど……でもその断り方はあんまりですよ。後ろから刺されても知りませんからね」
「やだな、心臓高いのに」
「そーゆー話じゃないですって」
無理矢理背中を起こして瑠衣を退かし、交代。
座って前屈を始めた瑠衣の背中をゆっくりと押す。
「痛ったぁ~~」
「正月なまり。先月はもうちょい伸びてたよ」
「おもち食べ過ぎてちょいお腹が……」
「ちょうどいい。走ろっか」
瑠衣を引き起こし、腕やアキレス腱も伸ばしてゆっくり走り出す。
部活とはいえ、正月休み明けの一発目だ。私も身体を慣らす程度のペースで校庭を一周し、外周に出る。瑠衣も私も義足部門の中距離~長距離の選手だ。ここから長くなる。
滋賀県の冬は厳しい。お昼なのに気温は氷点下。
川沿いを走るから風も冷たい。
断続的に吐く息は白く凍り、冷気は頬を切り裂くよう。道の脇には雪が積もり、アスファルトの道は薄く凍っている。転ばないよう慎重に走らなきゃだから、ペースはあくまで控えめ。その代わりに全身の体幹を意識する。
「受験生なのに、後輩の部活に入ってる場合ですか?」
「適度な運動は必要だから。高校でも陸上続けるかも知れないし」
「あ~、そういや、次回からでしたっけ? 義足部門と一般部門統合するんですよね」
「うん。なんで今まで分かれてたんだろね。同じなのに」
ジョギング程度のペースを保ちながら、自分の右脚を見下ろす。
ジャージの下にあるのはSRR技術で再生したクローン義足、左脚と同じく、血の通った生身の脚だ。
最初の脚は5歳の時に交通事故で失った。
義足の烙印とはそれ以来の付き合いだ。
普段は気にならないけど、中学の大会では義足部門に区分された。まだ義足が生身じゃなかった頃の古い慣習らしい。それも来年……年が明けたから今年から撤廃されるようだった。
「先輩が受ける高校ですよね、SRR技術の専門学校。そこができるからって噂聞きました」
「どうだか。元々、義足部門は問題視されてたし、偶然じゃない? 時代の流れだと思う」
「先輩はどうしてその高校受けるんです?」
「まー、自分がSRR技術で助かりましたぁ~とか、それっぽい理由は並べられるし。何より将来性のある分野だからってお父さんが言うから」
「まぁ、医学はいつの時代も強いですよね。将来はお医者さんですか?」
「どーだろ? 医学って言うよりは工学って感じだから、分かんない。ま、先のことは大学に行ってから考えるよ。受かったらエスカレーター式みたいだし」
「先輩余裕ありますよね。推薦入試ってそんな感じなんですか?」
「私以外の子はピリピリしてるよ? 私は落ちても受かってもどっちでもいいから。どうせ滑り止めは受けるし。高校なんて大学までの通過点だから、どこ行っても一緒だと思う。自分に合うか合わないかは入ってみないと分からないし。ある意味ギャンブルだよね」
「やっぱり鉄の心臓入れてます?」
「生身だってば」
ロボットみたい、なんて言われることも多いけど、右脚以外は生後そのままだ。
瑠衣にからかわれるほど緊張していないのは、無関心だからだと思う。
実際、高校受験には関心も興味もない。
大人が自慢するのは卒業した高校じゃなくて大学だし、公立の高校に行ったとしても海外の大学を目指すことは出来る。中学校も高校も人生の通過点でしかない。
だから今は、スポンサーである親のご機嫌を取るのが最優先だ。貴重な推薦枠を意味不明の高校に使うのもそのため。落ちたら第二候補に切り替えるだけ。
ただそれだけだ。
それだけだと、思っていた。




