第20話 - 解決編②
※注意!
解決編は今回の物語に関する重大なネタバレを数多く含みます。
これまでの話を呼んでいない方はぜひ未読の部分から読んでいただいた方が楽しめると思います!
「一酸化炭素?」
ローがたずねる。
「そう。炭素と酸素が一対一でくっついた化合物さ。血中のヘモグロビンと結合して酸素を奪う……要するに、これを吸うと身体中から酸素を奪ってしまうというわけ。吸ったら窒息する物質だと思ってくれればいいよ」
「じゃあ魔王の瘴気でみんなが気絶してしまうのって……」
「そ。加護の効果でもマナのせいでもない。急性一酸化炭素中毒で意識を失っただけの話。そりゃ誰も防げないってワケさ」
「そういう訳で、犯人はこの瘴気を利用したんです」
「そういう訳って言っても、どう利用したんだよ。まさか袋で瘴気を集めましたーだなんて言わねえよな」
ローがぶっきらぼうに言い捨てる。ツバキやヘブラスカもローと同じように分からないといった様子だった。
「もちろん、我々には出来ません。今後分析が進めば疑似的に瘴気のマナを生成することはできるかもしれませんが、少なくとも今の我々には不可能です。」
「では元も子も無いではないか」
「はい。ローさんはヘブラスカさんと血縁者なので当然不可能です。信仰を基礎とするクレリックは魔物になれるとは考えられませんからね。ですが……」
クロウはそう言うとマオを指さした。
「魔族のあなたなら可能なはずです。マオ・アフィーリアさん」
「へ……っ?」
マオは驚きと不安の交じり合った表情で周囲を見た。ローやツバキもまさかといった表情で彼女を見ている。マオはそんな視線をかき消すように大声で叫んだ。
「余が魔族で?瘴気を使う?度を超した失礼は覚悟の上での発言だろうな?」
「もちろん、冗談ではないです」
「では申してみよ。そこもとが気狂いでないというのならそれを身をもって証明するがよい」
「……分かりました」
クロウは覚悟を決めた。腰に付けた”装置”に手が伸びる。
「まず、ローさんを犯人だと想定した場合のことを考えましょうか。先ほども述べた通りローさんはヘブラスカさんと血縁者なので瘴気を扱うことはできません」
「ちょっとまって、二人って血縁者なの?」
「……妹だよ。文句あっか?」
「いや、全然似てないというか……本当なの?」
「一応裏も取ってあります。レンジャーギルドに確認しましたから」
ツバキが信じられないという様子で2人を見比べた。ローは不満そうな様子だ。ヘブラスカの方はえへへと少し気恥ずかしそうにしている。
「逆にマオさんが犯人でないと仮定すると、説明がつかないところがいくつも出てくるんです。まず気になるのは小川で見つかった大量の宝石魔法の痕跡です」
「宝石魔法って……!」
「ええ。宝石魔法は魔法の行使に宝石を使わなければいけない分、かなり財産を持っている――それこそ貴族や皇族といったクラスの人たちにしか使えません。加えてクラックドヤードにわざわざ足を運ぶ宝石魔法使いはマオさんぐらいしかいない……。ですよね、マオさん」
「ま、まあそうじゃが……」
「ところでマオさん、飲み比べの後に小川に行ってましたよね?」
「……っ!」
マオの顔に明らかな動揺の色が見られた。すかさずクロウは追撃する。
「宝石魔法は宝石に秘められたマナを拡大させるもので、少しでも扱いを間違えれば暴発してしまうデリケートな魔法です。それこそ吐くほどの泥酔をしていたら使えないような、ね」
「……そうじゃ!この前練習したんじゃった、きっとその時の後始末を忘れておったんじゃろう!そうに違いない!!」
「……まあいいでしょう。ではその近くに落ちていたこれは何でしょうか?」
クロウが次の試験管を取り出す。中には黒色の羽根が入っていた。
「これはヘブラスカさんとの調査で分かったのですが、瘴気で作られた羽根です。こちらも宝石魔法の跡と同じところから見つかりました。これも、マオさんならご存じですよね?」
「し……知らぬ!聖域魔法がはがれた時に入ってきた魔物であろう?」
「ローさん、あの時の襲撃の際に飛行する魔物はいましたか?」
「いや、ロードワームと大型のオークだけだったから、そんな魔物はいなかったはずだ」
「ローが見逃した可能性だってあるじゃろう!あの時はみんな酒が入っとった!見逃したって不思議ではなかろうて!!」
マオが叫んだ。ローは不服そうにため息をつく。
「…………一応、可能性はゼロじゃないな」
「ほれ!!余は無実じゃ!!」
クロウは小さくため息をつく。息を荒げるマオに向かってクロウは冷静に告げた。
「ではもう一つ。マオさんは以前自分のことを皇族と言っていましたが、具体的にどこの国のことなのでしょうか?僕が調べた限りではマオやアフィーリアといった名前の皇族はいませんでした」
「ううううぅぅうぅぅ……それは……東方の……」
レオがクロウの隣に動き、マオをまっすぐ見た。
「僕が【君を探しに小川に行った時】だって君はいなかったんだ。その時は何をしていたんだい?」
「マオさん、大人しく認めてください。あなたは小川で飛行魔法を使い、天窓から部屋へ侵入し、高濃度の瘴気をレオさんに浴びせて殺害した。魔法の痕跡が残っていなかったのはそれが瘴気の魔法だったからです」
「……でも!私は――」
マオは今にも泣き出しそうだった。クロウは更に追撃しようと思ったがレオが彼の肩に手を置いて制止する。
「もういいさ。それに……ここからは僕たちのやり方でやらせてもらおう」
レオが短剣を取り出すとマオの足元に投げた。マオがはっと顔を上げてレオの方を見る。レオの口は真一文字に閉じられ、魔物と相対するときのような冷たい視線を彼女に向けていた。
「思えばラスクの時にマオにもするべきだったんだ。もし君が勇者で、瘴気を操る魔物ではないとしたら――わかってるよね?」
その声は普段の彼とは異なり、低く、抑揚も無かった。
「大丈夫だよ。君が本物の勇者だったら教会で目が覚めるはずだから」
「……レオの、レオの、、分からず屋ぁぁぁああああ!!!」
彼女の胸につけられた紫の宝石が割れる。ぶわっと一度大きな風が吹いたと思うと、クロウの視界からマオは消えていた。
直後、彼の視界を黒い羽根が覆いつくす。
「余は第三魔王が娘にしてラスティアイルの次期党首たるマオ・イグナーロクである!貴様らが余の真なる姿を死の直前に垣間見えること、深き記憶の奥底に刻むがいい!!」
瘴気の翼を纏う彼女はまるで黒い天使だった。クロウが見とれていると彼女の周囲を紫色の靄が纏いだし、その手に紫色の光が収束する。
リィエンが叫んだ。
「クロウ君!例のモノを!!」
「はい!!」
クロウ・ヘブラスカ・リィエンの三人は手元から呼吸器付きの缶を取り出すと、自身の口元に当てた。それは一酸化炭素中毒対策にリィエンとクロウが徹夜で仕上げた酸素吸入器だった。
「みんな殺してリセットしてやる……!」
マオ・イグナーロクが右手をクロウ達に向かって突き出した。紫色の閃光が走り、差し込んだ光が瞬時に煙へと変化する。
「瘴気です、気を付けて!」
「分かっているとも!」
レオが片手で口を塞ぎながら剣を手にした。ツバキも剣を構えるとマオと対峙する。
「みんなの動きは分かってるんだから!!」
マオの背中からいくつもの宝石が飛び出した。それらは直進と急旋回を幾重にも繰り返し不規則な挙動で飛行する。
レオが全てを無視して一直線に突っ込んだ。マオはその動きも既に予測しており、ひらりと飛び上がり彼の一太刀を交わす。
ツバキとローは飛行する宝石の対処に手を取られレオを援護できなかった。ツバキがそのうち一つを切り落とす。しかし直後、割れた宝石が紫の光を放った。
クロウが叫ぶ。
「中に瘴気が!」
「ちぃっ!!」
紫の光が瘴気へと変化する。すんでのところでツバキは躱した。しかし彼女の回避した先にはもう一つの宝石が回り込んでいた。
「ツバキ姉ぇ、ごめん!」
ツバキの顔の前で宝石が爆発する。即座にローがマオに向かって飛びつく。その手にはナイフが握られていた。
「こなクソ!」
「相変わらず、ローはめんどい!」
ローがナイフを突き立てる直前、彼女の翼がローを弾き飛ばし、激しく散った羽根が瘴気へと変わった。
「ごほっ、ごほっ」
しかしせき込んだのは意外にもローではなかった。クロウは驚きながら声の聞こえてきた方――ヘブラスカを見る。
宝石の欠片が彼女の酸素吸入器を貫いて、缶から空気が漏れ出ていた。クロウが叫ぶ。
「ヘブラスカさん!!」
ヘブラスカは答えることなく床に倒れた。ラスター・ホークの一行は戦闘に集中していて気づけていない。
クロウに迷っている時間はなかった。
「ヘブラスカさん、これで大丈夫ですから」
「…………?」
クロウは自分の呼吸器を外すと彼女の口に取り付けた。外れないように床と腕で固定する。
「……!!――――!!!」
気づいたヘブラスカが声にならない声を上げる。クロウはヘブラスカを見て笑った。
「大丈夫、僕、勇者ですから」
クロウはせき込んだ。瘴気に含まれる一酸化炭素がヘモグロビンから酸素を奪う。ぐらりと視界が揺れ倒れそうになったところをリィエンが支えた。しかしクロウの意識は朦朧とし続けている。
リィエンが弟子の頬を叩いた。
「クロウ君!!」
「師匠……後は頼みましたよ……」
「そうじゃなくて!レオ殿って【マオを探しに小川に行った】ってクロウ君に話してた!?」
「今聞きますかそれ……超苦しいんですけど……」
「今聞かなきゃいけないの!!イエスなら一回まばたき、ノーなら二回まばたきして!」
「……うす」
クロウは二回まばたきすると、その意識は闇の中に落ちていった。




