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ハニトラは幽霊嬢の嗜みでしてよ  作者: 氷雨 ユータ
2ND ××× 浮気の時間ですわよ

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口は寵愛の元

 俺の人生には関係ない。

 記憶を消される事を受け入れていた理由は、偏にそんな自分勝手からだった。俺が名前を憶えていなくても、誰かの未来が変わる訳じゃない。それはだって、その通りだろう。俺が名前を憶えていて、それがどうした? 相手の人生にどんな影響がある?

 両親の名前を忘れたから、死んだ時も悲しくなかった。

 誰かに嫌な事をされたとしても、カゴメが綺麗さっぱり忘れさせてくれた。俺の記憶の中には彼女との思い出の日々が広がっている。悪戯に困らされた事は何度もあるが、そこに苦痛はない。カゴメマコトとの生活には何の不満も抱けない。

「………………」

「…………」

 宣言しなければ話は前に進まない、祓女の顔がそう言っている。協力するにしても拒むにしても沈黙は状況を停滞させるだけだ。そして恐らく、この少女は待つ。俺の返事をいつまでも、心を読む気遣いをせずに。

「返事を、今すぐに出すのは」

「出してください。ここまで状況が悪化したんですから、返事があってすぐにどうにかなる事もありません。気楽に、そして嘘はつかずに」

「―――って言われても困る。気楽に出来たらこんな場所に隠れてない筈だ」



「貴方がもしカゴメマコトの無力化に協力してくれないなら、私はここで自害します」



「……は?」

 急な申し出に、呆気に取られてしまう。俺を殺すというならそれは筋が通っていると思うが、自殺? 

「何故カゴメマコトが昨夜の記憶を消しておきながら私と貴方の関係値を切らなかったのか、私には彼女がこの瞬間を楽しんでいるように見えます。記憶を自由に弄らせる貴方はどうあがいたってカゴメマコトの味方。心象も印象も全て思い通りで万に一つも好感度は覆らない。そして我が師が葬られた今となっては、私には貴方しか頼るアテがない。他の霊能力者は……私を拒絶しましたから」

「お前の師匠は……そんなに慕われてたのか?」

「というより、あの人に並ぶ霊能力者が居ないというだけです。そして殺された今となっては、標的にならない為に私を孤立させました。彼らはその口で正義を語りながら、私を囮に嵐が過ぎ去るのを待つつもりです」

「…………」

「心が読めてしまうこの目に恨みを抱かなかったかと言えば嘘になります。先生と出会わなければとっくに人生を諦めていたでしょう。しかしそれでも、この人生はあの怪物に弄ばれる程軽くない。自害はその為です」

 飽くまで淡々と、しかし決意は確かに漲っている。自分の命を盾に脅迫するような行為は正直好きじゃない。良心の試し行為みたいで人間性を疑いたくなる。だが祓女のそれは冗談半分でもなければ相手を従わせる手段の一つでもなく、ただ事実を伝えているだけのように思えた。

 

 つまり、協力してあげないと彼女は死ぬ。


「あ、諦めるのか?」

「はい」

「い、生きてたらいつか、カゴメをどうにか出来るかもしれないのに」

 気休めだと分かっている。そして彼女も承知している。俺と祓女が出会ったのはほんの数日前の事で、そこには関係値など殆ど存在しない。最初から祓女はカゴメは危ないとしか言っていないし、俺は彼女の発言にも行動にも乗り気じゃなかった。死にたきゃ勝手に死ねと言えてしまうくらいの冷たい関係もとい、殆ど他人の間柄。

「出来ません。味方はもう誰も居ないので」

 そこには、誰も居ない。

 少女の言葉に引き寄せられるように、忘れられていた記憶が蘇る――――。











「友人様。どうして泣いていらっしゃいますの? 私はまだ何もしていませんわよ?」

「うぇええひっぐ! くぅっぅぅぅぅぅ……お父さん……お母さん………………うえええええええ!」

 俺は当時、泣いていた。両親が死んだ事をまるで受け入れられないばかりか、死んだ途端に親交のあった筈の親戚が態度を変えたから。理由は分からない。子供の俺に説明されたとて覚えている筈もないだろう。ただ、誰も俺を引き取りたがらなかった。それだけは確かだ。

「友人様、友人様。どうか泣かないで下さいませ。どうすれば……お、お化けに人間様を泣き止ませる術などあったかどうか……」

 何で死んだか? 覚えてない。

 親戚の名前も覚えてない。

 全部、忘れた。

「さびしい…………くるしい………う、げほ、げほっ! うえええええええ! うわあああああああああああああああん!」



「………………友人様。顔を上げて下さい。私が全て引き受けますわ。その苦しみも、その悲しみも、その痛みも」


 記憶に時系列はない。順番はきっとバラバラだ。確かなのは、最初に忘れさせてくれと願ったのは俺の方だったという事。心が受け止めきれなくて、心臓が今にも破裂しそうで、現実を見たくなかった。全てが夢ならどんなに良かったかと。それこそ悪戯なら―――どんなに、嬉しかったか。

「貴方様の人生は私が守りますわ。友人様は私の大切な餌であり、遊び相手でいらっしゃいますから。友人様が何をしようと構いません、何を選ぼうと怒りません。私は決して傍を離れません。必ず貴方様の声が届く場所におります」

 俺がカゴメを好きなのは、記憶を弄られて彼女と過ごした時間ばかり残っているから?

 それはきっと正しいが。


「貴方様が私を必要としなくなるまで。この戯びが終わるまで。決してその名は口にしません。いつか私に名前を呼ばせてくれる日を楽しみにしていましてよ? クキキ♪」

 一人になった俺に、無条件の愛をくれたから。










「凪白様? どうして泣いていらっしゃるのですか?」

「……悪い。ちょっと、思い出してな。まあ、これが本物の記憶かどうか確かめる術なんてないけども。でも本物と信じたい記憶を思い出した」

 気分は驚くくらい落ち着いていた。まるであの時の再演だ。泣いたって何も変わらない孤独に、誰がどうやって手を差し伸べるのか。これまで俺が祓女に非協力的だったのは、カゴメを裏切る真似なんかしたくないのと、そもそも勝ち目があるように思えなかったからだ。俺にだけは幼稚な驚かせ方で満足してくれる彼女が、海東の時のように手加減してくれなくなったらどうしようかと思った。これまで演技で驚いていた分、容赦がなくなるのではないかなんて。

「協力、するよ」

「……え」

「カゴメの無力化だろ? 出来る事があったら協力する。だから死ぬのはなしにしてくれ」

「…………」

「そのしかめっ面は心でも読んでるのか? でも嘘はついてない。俺はお前の味方をしようと思っただけだ」

「カゴメマコトを裏切れば……取り返しがつきませんよ」

「取り返しがついた事なんて一度でもあったのか? 記憶は戻ってないし、海東は狂った。そしてお前の師匠は死んだんだろ」

 俺に言わせれば裏切ったつもりなんてない。カゴメは曰く、最強だ。自称する程強く、実際救世主とやらが手も足も出ず殺されたなら実力は本物だろう。そんな存在を相手に裏切りなんて、裏切りとは言わない。カゴメはきっと意にも介さない筈だ。じゃなきゃ祓女と出会った記憶なんてとっくに消されている訳で。

 それは今までもそうだったと思うが、怯えすぎていた。人間として当たり前の生存本能が歯向かうのを制止していたのだ。もう誰も味方の居ない存在が生まれてようやく、俺の中のブレーキは外れた。

「凪白様。貴方は」

「大丈夫だ。俺にも利点はある。そういうオカルト系の知識がさっぱりないもんで、色々ご教授願いたい。俺が父親とした約束について……どんな意味があるか、とかさ」

「―――あり」

「あり?」

 祓女はその場に崩れ落ちると、俯きながら絞り出すような声で呟いた。

「あり、が。あり、ふん、す、がとう……ござ……うぇ! あり、いま……ありがと、ございますぅぅぅぅうぅぅぅぅ!」

「お、おい」

「も、もう誰もたよれな、たよって。味方してくれない! わた、要らないって! 先生の! 意志を誰も……ひっく! ひっぐ!」

「あーもうやめてくれ! 泣くな! どうしたらいいか分からないから!」

 あの時のカゴメも同じ気持ちを抱いたのだろう。それなら俺が撮るべき行動もやはり、あの時のまま。


 泣きじゃくる少女を抱き寄せ、優しく背中を叩いた。かつてそうしてもらったように、これが俺の知る、味方の証明。

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