祓いの嚆矢
『至急、部活朝練。新聞部にて」
およそ文化部とは思えない手紙を自宅に投函された時の気分と言ったら最悪だ。カゴメの悪戯より正直驚いてしまった。
「新聞部に朝の練習は存在しませんわよ?」
「うん、そりゃそうだな」
ごもっともすぎて頷くしかない。大体新聞部の朝練って何をしたら練習になる、記事を書く練習? タイピング? まさか手書き? 手書きの練習なんて勉強でずっとやっている事だ、部活でやる事じゃない。
昨日のゴタゴタもあって今日はカゴメにつきっきりの覚悟だったが、呼び出されたとなるとどうしたものか。文面はツッコミどころしかないが要するに緊急の用件で呼び出そうとしている。俺が来れるかどうかは置いといて。
「…………友人様ぁ? 私の事はお気になさらず、朝食を済ませたら向かって下さいまし」
「いいのか?」
「新しい悪戯を思いついたのでございますわ! 友人様を少しばかり与ってくださるなら私も準備がしやすくてよ。さあ早く、速やかに、ククク……♪」
「うお、ちょ、もぐ……ぱ、パンをおしこふは~!」
説得出来る自信はなかっただけにカゴメの気まぐれは俺にとって僥倖と言える。許可どころかさっさと行けと言わんばかりの勢いで朝食を片付けられると、JCカゴメに背中を押され外に追いやられてしまった。
「ま、適当に期待しててよ。次の悪戯はもっと驚かせられると思うから」
「手が空いてないからって都合よく自分を出すなよ!」
「お化けっていいよね、何でもありでさ」
「はぁ、お化けは非科学的なだけで別に全知全能の意味を持ってないんだけどな」
大丈夫、演技は得意だ。少なくともカゴメの視界を離れるまでは仕方なく学校へ向かうフリをしないといけない。面倒くさそうに肩を落とし気怠そうに足を運んでいくと、不意に背中からJCカゴメに呼び止められる。
「あ、ちょっと待って」
「なんだよ、もう――――――むぐっ」
振り返った瞬間、唇が塞がった。身長差も込みでそのような悪戯をされるとは全く想定しておらず、暫し演技が身体から抜け落ちてしまう。
「ふふ。行ってらっしゃい、友人。気を付けてね」
「―――あ、ああ。その。う、浮くのはずるくないか!?」
「だって私もお化けだもんね、しょうがないよね♪」
後ろ手を組み、軽くステップを踏みながらJCカゴメは家に戻ってしまった。今のリアクション……満足してくれたならいいが、どうだろう。演技で驚いてきたツケか本当に驚いても傍から見れば大袈裟なリアクションを取ってしまうようになった自覚はあるが、それでもたまには呆気に取られてしまう。まさかキスされるなんて思わなかったのだ。
―――あのカゴメが満足してたら、本体も満足してる、でいいんだよな?
朝は人が少なくて助かった。流石に公衆の面前で同じ事をされたら向こう一週間は表を歩けないような気がする。記憶が毎日リセットされようと俺にだって恥じらいはある。この出来事を他人事のように感じても尚恥ずかしいだろう。
「うぃーす先輩。ちっす」
校門前で携帯を見ながら俺に声をかけてきた人物に見覚えはない。だが俺を先輩と行ったからには心当たりがある。部活の後輩だ。そこでしか俺の高校生活に上下関係は存在しないから。
「部長からの招集を受けてやってきた。で? 用件はなんだ?」
「カゴメ先輩はいない感じですか?」
「先に来たんだよ、呼ばれたから。カゴメが欲しいなら今すぐにでも呼ぶけど」
その気になったら多分どんな手段を使ってもカゴメは来るだろう。来るだろうけど、正直新聞部の用事とか関係なしに呼ぶ必要がないなら呼びたくない。それもまた大して理由はないのだが……たまには一人の時間が欲しい、というか。
「や、居ないなら多分問題ないっす。部長んとこ言って下さい。大事な話があるみたいです」
「……分かった」
大事な話があると来れば大抵はカゴメの事だ。部長とはそういう縁で繋がっているし、何より幽霊部員を呼び出す用事なんてそれくらいしかない。まさか新進気鋭の部員に書かせるようなフレッシュな記事を俺みたいな死人に書かせる道理もなし。
部室に一直線に向かうと、部長はちょっと気味が悪いくらいの笑みを浮かべて俺を待っていたように腕組をしていた。旧校舎はあちこちにガタが来ているから足音に気づいていたのだろう。
「タイトルはこうだ!『電撃発表! 心の実在証明は完了した。第三の瞳を持つ少女』……感想を、聞かせてもらおうか!」
「……は?」
ドッキリ?
要件については入った途端に見当がついた。部長の隣には見覚えのある少女が……昨夜死にかけていた祓女千代子が両手をお腹の上に重ねて礼儀正しく佇んでいたのだから。
「…………よし、千代子部員! あの哀れな幽霊部員の心を読むんだ!」
「そうですね。こいつ、俺の忠告を聞かずになんでこんなところにいやがるんだ、でしょうか。凪白様には新聞部に関わるなと言われていましたので」
「何だと!? 凪白、話が違うぞ! 俺はこの子を誘えと言ったんだ!」
「いや、まあ……普通に考えてこんなデリカシーの欠片もない部活に誰か誘うのは倫理的に間違ってるかなって」
心は読まれていないが、言いたい事は合っている。俺には彼女の命を案じる義理もなければ道理もないが、助けられると分かっているのにみすみす見殺しにするような真似はしたくなくて忠告したのだ。
律儀に守ってくれるとも思っていなかったが、部長と接触する形で堂々と破られるとも思っていなかった。自分勝手な話だが……『お気遣いは嬉しいがこっそりと関係を持つ』程度かと。
「まあいい! 遂にウチにもマインドスキャンの能力者が来てくれたんだ、この子が居れば調べられる事がぐっと増える! 凪白! お前は幽霊部員だがノウハウは知っている筈だ、この子に新聞部の何たるかを教えろ!」
「俺を呼び出したのはこんな用事だったんですか……あのですね、幾ら部長でも頼めるお願いってモンがあるでしょ。ええ認めますよ、新聞部に関わるなって言いました。言った奴に教育させるなんてアンタどうかしてます」
「凪白様。落ち着いてください。私にも言い分がありますから」
「俺だって心が読めるんだ。どうせカゴメの事を調べるつもりなんだろ! 止めといた方がいい、部長はどうでもいいけど!」
元から興味津々だったのだから止めるだけ無駄、という意味である。だから情報提供をする代わりに功績全てを押し付ける取引が成り立った。
祓女は飽くまで譲らない。俺のなんちゃって読心術を嗤うように、掌に載せた目玉っぽいスーパーボールを力いっぱい握りしめた。
「カゴメマコトについてではなく、ハシキとやらを殺害する為の調査だとしたら凪白様は協力してくださいますか?




