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眠れる竜の寓話  作者: みえさん。
第八章 絶息の翼
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「悪夢?」

 怪訝そうなアスカにオルフは頷く。

「取りあえずチビは寝かしつけた方がいい。……この状態で最悪だった時より翼が澄んできているんだな?」

「ああ」

「なら選択肢もあるだろう。……色々確認させてくれ」

 竜は他の生き物よりも魔法に近く出来ている。生命としてほかの生き物とは違う理で生きている精霊を除けばもっとも魔法に近いと言っても過言ではない。

 鬣や翼の色はその竜の持つ性質を示している。オルフは大地の加護を強く受けており、竜としての翼の色は大地を意味する色である。普通に生きていればその性質が変わることがない。

 老竜になって力が衰え始めれば翼や鬣の色の変化もあるが、まだ若い少年の竜の翼が変化することはまずあり得ない事だ。考えられる事としては歪みの影響を受けやすく魔力が変化している場合、そして無理矢理ねじ曲げられた場合だ。

 アスカは少年をベットに横たえると、一言二言何かを囁いた。少年が力無い拳でアスカの胸元を叩いたが、アスカは微かに笑っただけで怒りもしなかった。代わりに額の辺りに触れ、彼を夢の中へと誘った。

 魔法による睡眠であれば簡単に目覚めることもないが、オルフは少年を起こさないように物音を立てないように外に出る。アスカもそれに倣うように静かに外に出た。

「随分可愛がっているね」

「生意気な息子が出来た気分じゃよ。シイナには子が望めるか分からないのでな、わしらの子のように思うておるよ」

 二人の事情を知っているオルフは少し複雑な気分になったが、同情は侮辱のような気がして辞めた。

「俺の妹君は元気かい?」

「恙なく。想像以上に安定しておるよ」

「それは良かった。後で挨拶に行く」

「ああ、シイナも会いたがっておったよ」

 赤妃の本来の名前はシイナと言う。彼女は複雑な事情でコラルに滞在している。竜王の妻として招き入れるため、オルフは彼女を妹と偽って立場を整えただけで血の繋がりはない。それでも彼女は自分を兄と慕ってくれている。それが少し嬉しかった。

「二人の子のようってことは、俺にとっても甥っ子みたいなものか。なるべく助けたい所なんだけど……覚悟はしておいた方がいい」

 言うとアスカは表情を曇らせた。

「それほど良くないか?」

「最悪は想定しておいた方がいい、としか言えない。あの浮かび上がっていたものは俺のコレと似たようなもんだ」

 オルフは自分の頬を叩く。

「呪いだよ」

 彼の顔には複雑な紋章が刻まれている。知識のない者が見ればただの刺青のようにも見えるだろうが、それは彼自身が呪われた身である証だ。遅くなったとはいえ、年々進行していく呪いは魂と結びつき生命を脅かしている。

 世間一般ではオルフの呪いは竜王の身代わりとなって受けたものと言われているが、実際の所は二人が出会うより以前からオルフは呪われた身だった。アスカの旅に同行したのも、どうせ尽きる命ならば誰かの為に使ってしまおうと考えたからだ。思いがけず長く生きることになったのはアスカのおかげであるとも言える。アスカにその話をすれば‘ナサケハヒトノタメナラズ’という日本語を教えてくれた。

「厳密に言えばあっちのは呪いとは言えないんだが、まぁ同じようなものだ。悪夢の紋、人の魔法使いからはそんな風に呼ばれてる」

「……何故‘悪夢’なのかね?」

「力を与える一方で、悪夢を見せて気を狂わせると言われているのがそもそもの名前の由来の一つだ。術の精密さが必要になってくるからあの子どもが自分自身でやったとは考えられない。誰か知識のある奴があんな子どもに呪いを掛けやがったんだっ」

 自分の声が荒くなるのを感じた。

 降りかかった自分自身の呪いを解くためにオルフは様々な勉強をしている。嘱望された戦士の道も諦め、賢人を頼り時に人の振りをしてまで人間の国で学んだことすらある。紋章術を学び、消して解けぬことを知った。

 それと同じような呪いをかけられた子どもが側にあるのだ。苛立たずにはいられない。

「悪夢を実際に見たのは俺も初めてだ。だから知識程度で本格的に詳しい訳でもない。ただ歪みや狂気を吸い込んで強い力を与えるのは知っている。翼の濁りは悪夢の浸蝕のせいだ。あれが完全に色を変えたらあの子どもは生きられない」

「……」

 アスカは黙ったままオルフを見つめてきた。自分に課せられた運命を初めて聞かされた時の彼の表情を思い出す。いつもの彼の飄々とした顔は形を潜め、ただ無表情に見つめ返してきた。

「あの子ども、お前の命を狙ったと言ったな?」

「ああ」

「その身内はどんな人物だ?」

「アソニア争乱を指揮していた首謀者の一人で、戦士としての能力は高くは無かったが、参謀として周囲の信頼を集めていたそうじゃよ。唯一の肉親という話なのじゃが……」

「怒らずに聞けよ。これはあくまで俺の仮説だ」

 オルフは断りを入れる。

 事前に断っても彼なら確実に怒る気がした。

 争いとは縁遠い国から来た人。もうこちらでの生活が長いと知っているが、それでも彼の根底には向こう側での経験が染みついている。

「あの呪いは性質上、持ち主が傷付けば傷付くほど浸蝕してその分持ち主に力を与える。完全に浸蝕されて暴れ出したらあんな子どもでも大人を殺すのが容易くなる。……もしあいつが命を狙ってきたのをお前やお前の部下達が怒り、指導した者の名前をかたらせようと紋章にも気付かず拷問でもしたらどうなると思う?」

「……最悪わしの命が脅かされる、か」

 オルフは頷く。

「そうだ。最悪のことにならなかったとしても、お前か、精鋭達が寄ってたかってあの子を殺すことになっただろうな。そうなればお前は子どもすら拷問して死なせる無慈悲な王に成り下がる」

「……」

「少なくとも歴代の竜王なら七割以上がそう言う結果になってただろう。無傷で捕らえようなんてしない。……お前、傷つけるどころか戦いもしなかっただろう? あの子が自分の命を狙って来た時も」

「うっかりと、角を押さえつけ苦しめてしまったが」

「お前がその程度で済ませられたのが想定外だったんだろうな」

 アスカの能力の高さと、自分が刺されても子どもは傷つけたくないと言う彼の性格を理解していなかったから失敗に終わったのだろう。

 オルフは結論を口にする。

「今の王がお前じゃなかったら、王の死か信頼の失墜という形でアソニア争乱の首謀者達の行動は肯定されていた。あの子はそのために利用された」

 彼は腕を組んでオルフを見据える。

「乱暴な理論じゃな」

「それでも大きく外れてないと俺は思う」

「そう言うだけの根拠は?」

「悪夢はそういう形で使われ発展したんだ。何も知らないガキに埋め込んで、仇に仕立て上げた敵に送り込む。敵は危険物と知らずに刺激して化け物になったガキに殺される。ガキを殺せて生き残ったとしても一部の信頼は失うことになるな。大きな魔力の変動があるから、何もありませんでした、じゃ済まないだろ? 確実に何かしらの噂になる。……怒るなって、俺が考えた手段じゃない」

「……分かっておるよ」

 彼は怒りを飲み込むように深呼吸をした。

 表情をまるで動かさないでいたが、ひしひしとその怒りが伝わってくる。怒るな、と言う方が無理な話だった。

「しかし分からぬことがある」

「何だ?」

「傷付けば傷付くほど、と言ったな?」

「ああ」

「ここに来て、戦士見習いとして戦うことはあってもあの子が傷付くことは殆ど無かったはずじゃ。ここに来た時点で濁ってはおったが、何故更に翼が濁った?」

「ああ……」

 オルフは額を抑える。

「あれが、悪夢って呼ばれるもう一つの理由がそれなんだ」

「それ?」

「さっき言った手段は確実とは言えない。ガキが敵討ちを止めた例、お前みたいに子どもを保護してしまう例もあった。それで術は発展し、確実にガキを狂わせる手段が生み出された。……片側か両側か確認しただろ」

「ああ」

「両側にあるってことは、その手段が組み込まれ済みってことだ。左右の呪いが互いに干渉しあっている状態にある。血を浴びただけ、戦場に近い所にいただけでも徐々に浸蝕していく。普通なら歪みに当てられただけだって思うだろうな。実際歪みの影響もあるだろうが……」

「あの子の戦士としての道が絶たれたということか……。不憫な」

 アスカは彼の未来を悲観して眉間に皺を寄せた。

 戦士としての道を諦めたオルフには、戦士を目指し戦士になれないと決まった竜の気持ちが良く分かる。アスカの思っている以上に辛いことだ。オルフは思いがけず西方将軍として名を残すまでに至ったが、今もまだ戦えないことに対する未練はある。

 けれど、死ぬと覚悟していた時から生き永らえ、智慧ある者として行進を育て余生を過ごすのも悪くない人生だと思っている。

 だからこそ言える。

「絶たれるんだったらまだ良かったんだけどな」

「……これ以上何かあるのかね?」

 あまり口にはしたくない。友人が怒り狂う様が目に見えているからだ。だが、それを話さない訳にもいかない。

「今回はお前が封印ていう荒技やったから呪いの正体が浮き彫りになって最悪の事態の回避手段も考えられそうだけど、そうじゃなきゃ確実に狂わせるようになっているんだ」

「どういう意味だね?」

 続けられる言葉の残酷さを悟ったのか顔つきが険しい。

「元々アソニア種は……お前みたいな例外もあるが、気性の荒い種族。それに輪をかけるように血を求める性質が加えられたと思えばいい。戦いが、……血がなければ正気が保てないほどに渇いていく」

 オルフは残酷な言葉を口にする。

「あの子は狂う呪いを抱えながら戦う道から逃れられないんだよ」


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