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眠れる竜の寓話  作者: みえさん。
第六章 安寧の足もと
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6

 竜の谷では王が立つ事に号が定められる。それは王の持つ特徴から定められることが多く、黒鋼の翼を持ち誰よりも早く飛ぶ姿からアスカ王の時代は黒翔暦と呼ばれる。王がいない時代は空位を示す‘白’が記され、アスカ王が立つ前の時代には白磁という号があてがわれている。

 竜王選定の戦いは長く続く事も多く、三百年以上の空位期が続くこともあるが、白磁暦は少し特殊だった。その前の王の時代、翅紫暦も長い戦いの末にようやく王が選定された時代だった。けれど、その王の時代も僅か十年ほどしか続かず谷は安定をすることがなかった。

 竜王のいない谷は不安定さを増す。

 その不安定な波は王侯補達にも影響を与えた。有力候補と言われた竜が歪みの気配にあてられ狂い、候補ではない者が候補を殺すにまで発展したのだ。本来はあるべきではない事に歪みは加速し、星読み達は幾度も選定を行うことになった。その上、あろうことか、候補に選ばれるべきアスカが時空の歪みに巻き込まれ異界に飛ばされてしまう。

 谷は最早崩壊を目前としていたともいえる。

 その歪みの影響は谷だけにとどまらなかった。様々な界に影響を及ぼし、世界の根底まで揺るがしかねない事態に発展する。

 事態を重く見た先代の竜賢人サジャ・ルネールは各界に協力を要請した。

 応じたのは魔界で英雄と呼ばれるレフィアスと精霊王イオシイナだった。

「イオシイナ様の浄化能力があれば一時的であれ谷を安定化させることが出来ます。けれどそれには精霊が谷にいられるようにしなければなりません。故にレフィアス様は谷に隔離空間を作り上げ、そこにイオシイナ様をとどまらせることで安定化を図りました。……しかし、精霊王には精霊界を守る義務があります。谷をこれ以上歪ませれば一番影響を受けやすい精霊界も道連れになることは明確。二界を同時に守るためにイオス様とシイナ様に別れシイナ様だけがこちらにとどまりました。……けれどそれは大変な負担を強いられることでした」

 レフィアスもシイナの負担が少しでも軽くなるよう尽力をしてくれたが、その当時の魔界は大きく荒れている。今もまだ王の存在がない魔界は他界に影響を及ばさないようにするのだけでも手一杯だった。実力者であるレフィアスも駆り出され、隔離空間を作り上げる為に能力を割くのが難しくなっていた。

 はじめから無かった猶予は、延命してもなお目減りするばかりだった。

「……レフィアスってあのレフィアスのことだよね?」

「はい、そうです。過去に人間と竜の大量殺戮を行った生きる厄災と呼ばれる方です」

「そんな相手にどうして……」

「他に頼るべき方がいませんでした。少なくとも先代サジャ・ルネールは恥を忍んででもレフィアス様に頼ることが上策と考えておいででした。……無論、他の竜に知られれば反発も必至、事実は隠され、早急に竜王を据える必要がありました。けれど、アスカ様はご存じの通りに時空に飲まれ行方知れずです。それにもかかわらず星読み達は選定の度にアスカ様の名前を読み続けました」

 それはまるでアスカ以外が王になるわけがないと確信しているような星の軌道だったという。世界はアスカが竜王にならない未来は存在しないとでも言っているかのようだった。

 その上で出来る対策は二つ。アスカのいる場所を見つけアスカを連れ戻す事、若しくはどこかの世界でアスカが死ぬのを待ち、ほんの数年でも立てる王を選ぶこと。

「異界に飛ばされた竜は長く生きないと言われています。そもそもアスカ様が時空に飲み込まれたのは生まれたての頃でした。生きたとしても数十年。それでもその死を待てるほどこの谷に体力はありませんでした。分かたれ隔離されたシイナ様もそれほど持ちません。星読み達は必死にアスカ様の落ちた場所を探していました」

 星読みが星の軌道を読む姿を、何も知らない者はただ空を見上げる姿を思い描くだろう。そんな生半可な天体観測ではないのはシェンリィスもよく知っている。

 占い師とも呼ばれる星読みがリトと呼ばれる由縁はそこにあるのだろう。

 王の為に生命を削り、存在するのがリトであるならば、星読みは谷の為に生命を削り存在する者なのだ。

 ノアとシェンリィスの存在は良く似ている。

 簡単に死ぬことこそないが、王が未来の為に切り捨ててもいい最も軽く見ていい生き物なのだ。どれだけ自分を犠牲にしようとも、生命として何よりも軽い。

 あの王は、自分もノアも、そんな物差しで見たことはないけれど。

「星読み達が感じる途方もない長い時間を探しても、アスカ様の存在は見つからず絶望しかけたころ、運命の鍵を握るあの方が現れました。……ご存じですよね? 一般の伝承では謳われる事のない、隠されたあの方です」

「……」

「星読みにすら存在を読まれなかったあの方は、立場を軽んじられながらもアスカ様を見つけ出し、僅か一年の間で王にしてしまいました。どのようにしたのか私も存じ上げませんが、アスカ様とシイナ様が結ばれた血の契約も、あの方が立ち会ったからこそなし得たと言われています。……それによりシイナ様はあのまま消滅を待つだけだった運命から逃れ、仮初めながらも身体を得て竜の契約者として谷にとどまられています。アスカ様が竜の姿に滅多なことで戻られないのも谷の歪みを安定させる目的もありますが、一番は赤妃様のご負担を軽くさせるためのようです」

「………」

 シェンリィスは口元を押さえ黙り込む。

 恐ろしい事実を知ってしまったような気がした。この谷の平和の為に犠牲になったものの数を考えて目眩がする。

 自分が何も知らず、王のいる平和な谷が当たり前に見ていたその足元にはまさしく命を削った赤妃の存在があったのだ。魔界の英雄が何のために力を貸したのか分からないが、殺戮者と忌み嫌われる男が背負った負担を考えると想像を絶する。過去の殺戮の罪滅ぼしのつもりにしても、気を狂わさずにいるのが不思議なくらいだ。

 何よりも赤妃だ。

 王でも、リトでもない彼らが、どれだけの負担を強いられた事だろうか。

 シェンリィスですらこうだというのに。

「………赤妃様はどうして精霊界へ戻らなかったの?」

「戻れなかったのです。長く変質した気に当てられ続けた影響を、精霊界を支えるイオス様に背負わせる訳にはいかなかったのです。こちらで消滅を待つのが正しいと判断をされたようでした。契約により消滅は免れましたが」

「……」

「赤妃様もアスカ様も何もおっしゃいませんが、お二人に掛かる負担は他の歴代竜王達に比べて大きいと思います。本来の素姓を隠す為もありますが、赤妃様が外へお姿を見せないのは時折激しく消耗されるためです。……唯一の救いはお二人が互いを愛し慈しんでいる事でしょう」

 今更ながら、アスカの言葉を思い出しシェンリィスは顔を覆う。


 ‘シィナと伴侶になり少々厄介な因果を背負いはしたが、後悔をしたことはない’


 アスカはそう言った。

 あの言葉に、どれだけの意味と覚悟が秘められていただろうか。やはり自分にはレシエを愛し幸せにするだけの覚悟も自信もない。

 あの二人のようにはなれない。

 シェンリィスの知るあの二人はいつも笑顔だ。こちらが気恥ずかしくなるほど仲睦まじく、幸福そうに見えた。あの二人が不幸そうに顔を歪めている姿など見たことが無かった。

「……二人は、いつどうやってそれを知ったの?」

 ノアは少し目を伏せ自分の腕を強く握った。

「私は………昔、星読みとして、禁を犯しました故」

「そう、じゃあもう随分前からになるんだね。……君は?」

 アグラムは仏頂面のまま答える。

「……問いつめて白状させたのはアァクが産まれた後だ」

「それじゃあもっと前から?」

「薄々は。……ただ、お前と同じ事情で確信には踏み切れなかった。アァクを産んだ時さすがにおかしいと思った。赤妃は一度も竜の姿に戻らなかった」

「なるほど……そういうこと」

 竜王はアグラムには隠すつもりは無かったのだろう。アスカを殺しに竜王城に来たアグラムはアスカに返り討ちに会った後保護された。はじめは赤妃の話し相手として、今度は護衛として家族のように長い時間を過ごさせた。息子のように思っているというのは過言ではないだろう。戦士達を子どものように慈しんで育ててくれたアスカだが、中でもアグラムのことは特別に思っていたように思う。幼い頃はアグラムはアスカの本当の子どもだと信じていたくらいだ。だから、彼に嫉妬したこともあるし、嫉妬するのも馬鹿馬鹿しくも思っている。

 アグラムはそんなに鈍い竜ではない。他人の感情に少し疎いところもあるが、勘は鋭いと思う。だからおかしいとはずっと感じていたのだ。けれど常識と、過去に赤妃の姿を見た事実から確信には至らなかった。

 確信出来たのはアァクが産まれた後のこと。シェンリィス達は暫くは出入りを許されていなかった為、知らなかったが、出入りを許されていたアグラムは赤妃が竜の姿にならないことで確信を得た。

 子を産んだばかりの母親は暫くの間、子どもを竜の姿で育てる。子どもを守り強く育てる為には必要な事なのだ。

 あの優しい赤妃が自分の子どもの育児放棄をするはずがない。竜の姿にはなれなかったのだ。

「アァクを代わりに暖めたのは前から事情を知ってたコイツだ。だから今も懐いている」

「それでも母親として不十分だったのでしょう。白竜であり、本来の半分であるというせいもあるかもしれませんが、アァク様は他の竜に比べ必要以上にお小さくいらっしゃる。恙なくお育ちになったのが救いですが」

「……その、アァクのもう半分の子は?」

「然るべき時に産まれる事になります。精霊の性を持ってお生まれになられます故、産まれてすぐにイオス様の元へ送られる事になるでしょう。……しかし、その時は」

 ノアは言い淀む。

 代わりに乾いた口調でアグラムは言う。

「赤妃は消滅する。現状を保てているのはジジイとの契約があって、竜王の血に縛られているからだ。その血の契約はもうそれほど長く保たない」

「それって……」

 その言葉の意味するところは、ただ赤妃が消えてしまうという意味ではない。

 竜がその血を持って契約を交わす時、相手に力を与える代わりに相手の運命を大きく縛る事になる。相手に与える力の大きさや制約の強さは契約を当人達でなければ分からないことだ。当人達が死んでも子孫の代まで続く契約もあれば、竜の死を持って終わる契約も存在する。ただ、血の契約はどちらかが意識的に破棄出来るようなものではない。

 もうそれほど長く保たない。

 その言葉が意味することなど限られてくる。

 シェンリィスは彼らを睨め付ける。

「……そんなこと、僕に教えてどうするつもり?」


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