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替え玉お嬢様は魔法がつかえない  作者: 永杜光理
七章 再びの、青の女王
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第48話 もう一波乱

「いやあ、さすがにこれは酷いなあ」


 呑気に評するアレンダの声に、恐る恐る目を開けた。


 摩李沙はバルタザールの腕に守られていた。浮遊する瓦礫が、不自然に空中に固定されている。二人の周囲の時間だけをとっさに止めたのだろうか。


 二階のアレンダの部屋は、見るも無残な状態になっていた。

 天井は吹っ飛び、壁も窓も半分無くなっている。部屋の中も当然物が散乱し、どっしりと構えていた執務机はひっくり返って壁にめり込んでいた。


 アレンダに抱きかかえられていたエミリアは、咳き込みながら問う。


「お兄ちゃん、何が起きたの?」

「今にわかるよ」


 アレンダは丸見えになった空を仰いだ。つられてほかの三人も上を向く。


 澄んだ青空の中に、異質な黒い影がひとつ。それは炎の竜の中に取り込まれ、しばらく暴れていたがやがて動かなくなった。

 竜が溶けるように消える。黒い影は重力に従い落ちてきて、四人がいる部屋の中央に転がった。


「な、なんだこれ」


 バルタザールが目をこらそうとしたが、影はほろほろと崩れ消え去る。

 アレンダは嘆息し、妹と自分にかかった粉塵をはたいた。


「全くもって迷惑だよ。我が家に偵察を放ってくるなんてね」

「偵察?」


 バルタザールの鸚鵡返しに、アレンダはうなずいた。


「説明の手間が省けたね。バルタザール、君は我が家に戻ってきてからも監視されているんだ」


 髪を整えるアレンダの言葉に、全員が絶句した。


「魔法省は君を疑っている。間違いないよ」


 数人の足音がこちらへ駆けてくる。バルタザールがとっさに時間魔法を解いたので、いくつもの瓦礫が摩李沙たちの足元に転がった。


 さてそこから、レアルデス家の使用人や侍女たちへの説明に追われると思いきや。

 彼ら彼女らは「アレンダの結界の仕掛けが大げさすぎたのだ」と怒るだけで、それ以上は追及してこない。


 頭をかきながら謝罪するアレンダと、皆を代表して小言をいうソフィーという構図は、もはやどちらが主人か一瞬わからなくなりそうだった。


「申し訳ありません、マリサさん。さぞ驚かれましたよね」

「いえ、割と慣れているので」


 これまでにアレンダの竜を何度も見たので、その迫力には今さら驚きはしない。

 ただ心配なのは、黙りこくったままのバルタザールだ。

 思いつめて、変な行動だけはとらなければいいが。








 片付けは思いのほか早く済んだ。


 アレンダが浮遊魔法で、執務机や大きい瓦礫を撤去する。若い男性の使用人が魔法を駆使し、天井に大きな布を張った。布は防水を施してあるそうだ。

 後は総出で、ガラスの破片等をひたすら拾った。勿論摩李沙も手伝いに加わった。


 空が赤く染まる頃にはあらかた作業が終わり、四人はエミリアの自室に集っていた。

 ソフィーが紅茶とお菓子を用意してくれた。空腹を感じていた摩李沙はさっそく口にしたかったが、隣のバルタザールがどうしても気になる。


 彼は片付けの時も、この部屋に移動する時も、ほとんど誰とも口を聞いていない。今も入れたての紅茶をぼんやり見ていて、心ここにあらずといったふうだ。


「さあさあ、冷めないうちにいただこうよ」


 アレンダが促し、エミリアがクッキーを遠慮なくんだ。摩李沙も焼き菓子に手を伸ばし、リスのように少しずつかじる。


「ほら、バルタザールも食べるだろ?」

「……はい、いただきます」

「余計な事、考えなくていいんだよ?」


 カップを持ち上げかけていた手が、止まった。


「僕たちに迷惑かけるから、魔法省へ行って白状しちゃおうかなーなんてこと、思ってないよね?」

「ですが、その方が丸く収まるような気もしてきて」


 アレンダは両手で机を叩き、立ち上がった。


「ダメダメ、駄目だよ! 僕が言うのも何だけど、魔法省は偏屈な変人の坩堝るつぼだ。とてもじゃないけど、君を行かせられない」


 ゆっくりと紅茶を飲み下したエミリアが問う。


「どうしてバルタザールが監視されなくちゃいけないの?」

「そりゃあ、トアン先生から話を聞けないからだよ。その一方でバルタザールを魔法省へとどめておく正当な理由がないんだ。でもよく考えると変だよね。バルタザールが記憶を取り戻した頃合いを見計らって話を聞けばいいだけなのに、僕にさえ何も言わず使い魔をよこしてるんだからさ。つまり、こちらに明かしたくない狙いがあるんだよ」


 琥珀色の紅茶に、バルタザールの硬い表情が映っている。


「魔法省は俺を、時間魔法が使えると疑っているか、もしくは何らかの秘密を握っていると思っているんでしょうか」


 再び腰かけたアレンダは首肯する。


「そう考えて間違いないだろうね」

「じゃあお兄ちゃんは、さっきの爆発で魔法省へ宣戦布告したつもりなの?」

「そういうわけじゃないけど、いい加減監視がうるさかったから派手に仕掛けただけだよ」


 その代わり屋敷が壊れちゃったけどね、とアレンダは遠い目をした。


「でも喧嘩を売ってるに等しいわよね。あちらの使い魔を、片っ端からやっつけてるんだもの」

「そうなんだよねー。これ以上続くと、ささいなことで我が家が悪者だとでっちあげられかねないんだよなあ」


 バルタザールが口を開きかけたが、アレンダは続けた。


「そこで、だ。バルタザールへの注意を一旦そらすのが大事になってくる」


 芝居がかったように、眼鏡の位置を指で直す。レンズがきらりと光った。

 エミリアは、うんざりしたような表情を浮かべる。

 深刻そうだったバルタザールまでも。


「何でそんなに楽しそうなわけ?」

「一体、どんなことを企んでいるんですか?」


 摩李沙は視線を感じたせいで、咀嚼した焼き菓子があらぬところへ流れてしまい、むせてしまった。

 何度も咳き込み、紅茶で流し込む。


 見計らったように、アレンダのはずんだ声が部屋に響いた。


「というわけでマリサちゃん! 君を元の世界へ返す前にもうひとつお願い事をしたいんだけど、いいかな?」


 エミリアとバルタザールは、ほぼ同時にひたいに手をあてて嘆息した。

 何も話が見えていない摩李沙だけが、きょとんと皆を眺めていた。

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