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替え玉お嬢様は魔法がつかえない  作者: 永杜光理
六章 魔法の代償
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第47話 何が「正しい」選択か

 己を指さした摩李沙に、バルタザールは身体ごと向きなおる。

 本当に騎士にかしずかれているみたいで、こそばゆい。


「魔力の無い君を危ない目に合せてしまって、本当にごめん。俺がもっとしっかりしていればよかったと、何度も思ったよ。本来なら俺が君の助けになるべきだったのに、反対に君が持っていた蒼蘭そうらん光石こうせきが俺を救ってくれたね。すごく大変だったと思うけど、マリサがこの世界に来てくれてよかった。ありがとう」

「私は何もしてないよ。それにさ、バルタザール」


 摩李沙は彼の手をとり、立つようにお願いする。


「私にはかしこまらないで。偉い身分の人じゃないからさ。私もバルタザールにたくさん助けてもらったよ、こちらこそありがとうを言わなきゃいけないのに」


 お礼の言葉に驚いていたバルタザールだったが、やがて目尻をゆるめた。優しい笑顔に摩李沙の頬が赤くなりかける。

 そこへ、アレンダが口を開いた。


「バルタザールは、魔法省から連れ出したことにお礼を言ってくれたけどさ。もしかしたらこの件については、こっちの方から謝罪しないといけないかもしれない」

「……? どういうことですか?」


 バルタザールはアレンダに向きなおる。

 アレンダは眉根を寄せ、組んだ手の甲に己の顎を乗せた。視線は床に落としている。


「僕もエミリアも、勿論父さんもなんだけど、こちらの都合で君に時間魔法を使えと命令するつもりもないし、君を魔法省に渡すつもりもない。今までも、これからも。ただこれは、君の意思を確認して決めたわけじゃない。完全にこちらの独断だ。そのことに対して、心の底から納得してくれるのかと思ってさ」


 アレンダは眼鏡の位置をなおし、再び床を睨む。バルタザールは苦い薬でも呑んだかのように、顔を曇らせる。


「その、俺は」

「君が魔法省に正体を明かしたら、彼らだけでなく、魔法協会も出しゃばってきて協力すると思うよ。アルシノエのたった一人の息子で魔力も受け継いでいるとなると、確実にハエのように飛びつくだろうね。ただ、魔法省も魔法協会も君を自由には絶対させない。徹底的に世間から、王権からでさえも隠し、好奇心と真実の追及のため、君に魔法を行使させるだろう。でもその代わり彼らに協力すれば、望みをかなえられるかもしれないよ?」

「お兄ちゃん、何が言いたいの?」


 たまりかねたエミリアが問う。


「あくまで予想だけどさ。魔法省と魔法協会に身をゆだねれば、もしかしたらバルタザールは、元いた過去に戻ることも可能かもしれない」


 エミリアも摩李沙も、そしてバルタザールも一瞬息を止めた。


「まさか、本気でそう思ってるの?」

「我が家でかくまい続け、時間魔法を一切使わずに暮らすよりも可能性はあるだろうね。勘違いしないで欲しいけど、僕はバルタザールを追い出したいわけじゃないんだよ。ただこのことを知らせた上で、バルタザールにとっての未来でどう生きていくか、他でもないバルタザール自身が選ぶべきなんだ」


 沈黙のとばりが降りた。

 しばらく微動だにしなかったバルタザールは、うつむいたまま問う。


「アレンダさんは、魔法省が俺を手に入れたとして、時間魔法をどのように扱うと思いますか?」

「どうだろうねえ、君はどう思う?」

「残念ですが、最終的にはどこかで悪用されるか、そうでなくても研究の途中で〈嫌われた血族〉のような犠牲者が出ることしか考えつきません」


 アレンダは、小さく何度も首肯した。


「確かに、それに近い結果を招きそうだね。たった一人の女性が大成させ、一代きりで失われた時間魔法はあまりにも魅力的だ。どれほどの犠牲を出したとしても、一定程度の汎用性のある魔法へと昇華する――それを目標に掲げ、何をするかわからないよ」


 摩李沙はそこで、首をかしげる。


「あのー、聞いてもいいですか?」

「どうぞ、マリサちゃん」


 三人の視線がいっせいにこちらを向いたので、摩李沙は反射的に咳ばらいをした。


「私は魔法が使えないので、詳しいことは何もわかりません。けど、時間魔法は恐れるだけじゃなく、良いことにも使えると思うんです。例えば……ずっと謎だった歴史の真実を、過去に戻って調べるとか。あとは病気にかかった患者の肉体時間を停止させて、その間に適切な治療方法を見つけるとか」


 アレンダは、何度も頷きながら聞いてくれた。だが彼は最終的に嘆息する。


「マリサちゃん、魔法って結局は手段なんだよ。道具と同じさ。それを使って何を成すか、何をやるかは魔法使い次第なんだ。本人の能力の範囲内で好きなように使えるし、善にも悪にも、どちらへ傾いてもおかしくはない。そして時間魔法というものは、危うすぎる果実なんだ」


 エミリアも大きく頷いた。


「今でさえ、魔法を犯罪に使う魔法使いもいるの。もしもどこかの悪党が、たとえ簡単なものでも時間魔法を使えるようになってしまったら、何をするか。例えば逃走中に時間魔法を使ったら、捕獲が今まで以上に難しくなる。大それた目標がある奴なら、歴史の改変だってしかねない。実現したら世界はめちゃくちゃになるわ。マリサの言う通り、悪いことばかりに使われるとは私も思わない。でも悪用された時の影響があまりにも未知数なの。私たちはそれが怖いのよ」


 二人の深刻な物言いに、摩李沙は呑まれてしまう。

 魔法とはかっこよく、とても便利なものだと思っていたが、彼らはそれだけだとは考えていない。


 力とは危ういもの。その魅力の前に、理性を保ち続ける者がどれだけいるか。どんなに便利な道具でも、使い方によっては不利益をもたらす。もしそれが取り返しのつかない過ちだったら、世界はどうなってしまうか――


 考えすぎるほどに考えたからこそ、この一家はアルシノエの息子を守ると決めたのだ。


「時間は、流れゆくもの、止められないもの――」


 ぽつり、とバルタザールがつぶやく。


「母さんは俺の覚えている限り、決して私利私欲のために時間魔法を使おうとはしてなかった。ただ、誰かを救えるものならば己の手で救いたいと願っていた。大それた願いだと言ってましたが、弟子達にも俺にも、とても優しい人でした」


 バルタザールは、顔をあげた。


「母さんと二度と会えないこと、既に覚悟しています」


 決意の宿る瞳で、再び片膝をつく。


「その上で、俺がレアルデス家にお世話になり続けてもいいのならば、俺はずっとお二人にお仕えしたいです。いけませんでしょうか?」

「そんな言い方しなくていいのに、バ……」


 エミリアは言葉を切り、窓の方を見た。数瞬遅れて、アレンダもバルタザールも同じように外をうかがう。


 摩李沙は、直後にバルタザールの叫び声を聞いた。


「マリサ!」


 鼓膜をつんざく爆発音。屋敷中に響く衝撃と突風。

 目をつむった摩李沙は誰かに抱き寄せられるまま、身を縮めた。

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