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替え玉お嬢様は魔法がつかえない  作者: 永杜光理
二章 形見と秘密
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第17話 実習直前


 ◆◆



 ニか月ぶりの大掛かりな実習ということで、学年全体の空気が浮かれている気がした。一学年の半分がいっせいに参加する実習は、生徒たちにとっても楽しみのようだ。怪我人が良くでるくせに、だ。


「ねえ、本当に、怪我とかしないよね?」


 人気ひとけのない講義室で、摩李沙は支度をしていた。朝から何度口にしたかわからない質問を、また繰り返す。


「女王の役をする生徒は基本安全だよ。俺は今回側近の役だし、何かあっても助けるから」


 バルタザールは、摩李沙の頭上に小さなティアラをつけた。手のひらに収まる銀細工の中央には、サファイアのような青い石がはめられている。


 後は王笏おうしゃくを持たされ、ベルベット地の青のマントを装着した。実習にしては小道具に気合が入っているな、と摩李沙は一人ごちた。


「でも、どうしてエミリアとリーゼラばかりが女王なの? 二人とも魔法の成績は悪くないんでしょ? だったら敵を攻撃する側に回ってもおかしくないのに」

「ああ、それは……」


 バルタザールは言葉を濁し明後日の方を向いた。


「リーゼラの実家のプレオネ家は、レアルデス家と同じくらい家柄が古いんだ。どちらの家も女性が時々王族に嫁いだりするから、万が一を考えて二人に危険なことを学校側がさせたくないんだろう……って、みんなが勝手に言ってることだけど、あり得なくはないだろうね」


 初めて聞く情報に、摩李沙は目を最大限見開いた。


「エミリアって、王族の人と結婚する予定があるの?!」

「年が近い王族ならいるけど、全然そんなこと決まってないよ」

「……口喧嘩が得意で傲岸不遜でも、王族になれるの?」


 バルタザールは再び顔をそらし、ぼやく。


「俺は、その辺のことはわからない」

(そっか。無理だって思ってるんだね)


 廊下が何やら騒がしくなった。誰かが入ってきたと思えば、今朝も顔を合わせたアレンダだ。

 ただしどうしてか、頭を真っ白なオオカミに何度も噛まれている。


「アレンダさん!」


 バルタザールが叫んで立ち上がるが、アレンダは片手を上げて平気だよと応える。顔には疲労が浮かんでいた。


「驚かせてごめんよ。この子は知り合いの使い魔だから、安心して」

「説得力がまるでないんですが」


 アレンダの背後から、声が響いた。


「駄目だろレグルス。誰でも甘噛みしてじゃれるなって、さんざん言ってるじゃないか」


 現れたのは見た目が十歳の男の子の教師、キールだ。


「アレ……お兄ちゃんは、キール先生と知り合いなの?」


 うっかり名前を言いそうになり、慌ててごまかす。今はエミリアとして振る舞わないといけないのだ。


「そうなんだよ。去年まで魔法省でお世話になってたんだ。僕の元上司さ」

「あれ、言ってなかったのかい? 僕のこと」


 アレンダは現在ニ十一歳で、キールの実年齢は三十歳だ。ならば元上司というのは辻褄が合う。


 バルタザールをちらりと伺う。目配せから、本物のエミリアはこのことを知っていたらしいと悟った。

 鼓動が一瞬早まったが、アレンダが上手く流してくれた。


「魔法省でおきることは、あまり家族には話していないものですから……痛たた。あの、どうしてレグルスは僕に何度もじゃれてくるんでしょうか?」


 姿はオオカミだが、瞳は小犬の時と同様とてもつぶらだ。だが前脚は屈強で、牙もするどい。


「覚えてないの? 君が僕のもとに配属されてから三日目に、ハチミツ入りのコーヒーを頭からかぶってしまっただろう? あの時レグルスは、犬の姿のまま君を舐めてたけど、その一件以来、君を見るとハチミツの味を思い出すらしいよ?」


 同意するようにレグルスはうなずき、前脚でアレンダの腕をぺしぺし叩く。


「痛いよ! キールさん、しつけし直してください! 僕はこれからあなたに会うたび、命の危険を感じないといけないんですか?!」


 渾身の訴えが効いたのかどうなのか、レグルスは顎を引いた。

 次いで摩李沙とバルタザールを交互に視界に入れる。瞳は小動物の可愛さをたたえているが、体躯が立派なオオカミなので、二人とも自然と後ずさりした。


 四本足で近づいてきたレグルスは、まずバルタザールの周囲をぐるぐると回りながら、鼻先で匂いをかぐ。しかしいきなり足を止め、数秒そのままだったが――まぶたを閉じ、ぺろりと手の甲をなめた。


「わあっ」


 バルタザールの子供っぽい悲鳴は、摩李沙には新鮮なものだった。キールが解説してくれる。


「よかったね。レグルスは君を気に入ったみたいだ」

「は、はあ」


 甘噛みの対象になったのを恐れてか、バルタザールはひきつった表情を浮かべた。

 そしてレグルスが次に向かうのは勿論、摩李沙だ。


「わあ、毛並みがいいのね、あなた」


 動物が嫌いではない摩李沙は、両膝をついてオオカミの頬にそっと手を伸ばす。

 するとレグルスはアレンダに一旦視線をやり、また摩李沙を見上げた。瞳に理知的な光が宿っていて、人間ばりに何かを思案しているようにも思えた。


「どうしたの? おなかすいた?」


 バルタザールの、よくさわれるなあとでも言いたげな視線をよそに、指先で少しずつフカフカの毛を愛でる。

 とレグルスは突然、耳を激しく動かし摩李沙に突進した。


「え、何っ?」


 ぐりぐりと鼻先を押し付けられ、胸のあたりの匂いをかがれる。

 状況を理解したころには、間にバルタザールが無理やり割って入ろうとしていた。


「こら! 女の子に乱暴するな!」


 レグルスは飛んで下がり、バルタザールは剣を抜いて構えた。キールは使い魔の頭を軽く叩く。


「やりすぎだよ。じゃれあいにもたしなみが必要なんだからね」


 なおもレグルスは摩李沙から視線をそらさなかったが、やがて体を丸め、ぽんっと音を立てて小犬の姿になった。


「ごめんね。君のお兄さんが怖いから、レグルスはちゃんと叱っておくよ。じゃあ僕はこれで。演習場の確認をしにいかないといけないんだ」


 使い魔を肩に軽々乗せ、キールは去っていった。

 気配が無くなった頃、バルタザールは剣をしまう。


「アレンダさん、そんな怖い顔しないでください」


 摩李沙はアレンダをよくよく見てみるが、ただ単に無表情になっているようにしか見えない。あえていうなら窓から差し込む光が眼鏡に反射しているせいで、目がどういう感情をたたえているかわからない。


「あのオオカミめ、僕だけじゃなく妹でも遊ぶつもりか……」


 低い声で何か言っている。バルタザールは摩李沙に向きなおった。


「大丈夫か? 噛まれたりはしてないよな?」

「うん、それは平気なんだけど」


 摩李沙は何気なく、両手を胸の前で重ね合わせた。どう勘違いしたのか、男二人が顔を赤くする。


「ねえ、本当に大丈夫なのかい?!」

「あのけだもの、今度会ったら切り捨ててやる!」

「ち、違うよ!」


 慌てて腕を振り、オオカミにセクハラされたわけではない、と必死で説明する。


「いきなりじゃれたくなっただけだと思うよ。私は怒ってないから」

「優しすぎるよ、マ……エミリア! 僕なんて遊ばれてばかりなのに」


 おいおいと泣きだすアレンダから顔をそらし、摩李沙は半笑いの表情を浮かべる。

 悲しいことだが、高校生になっても摩李沙のバストはそんなに大きくないのだ。


(もしかしたら、エミリアもそうなのかな?)


 余計な想像に意識がそれたが、摩李沙はまた胸のあたりを手で押さえる。

 レグルスが鼻先を押し付けてきたのは、形見のペンダントに反応したからなのかもしれない。確証はないが、そう感じたのだ。


(昨日みたいに、石が少し震えてたよね。こんなこと今までなかったはずなのに、何が起きてるの?)


 考え込んだ摩李沙は、気がつけなかった。

 バルタザールが思いつめた表情で、摩李沙が服越しにペンダントに触れていたのを、じっと見ていたことに。

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