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替え玉お嬢様は魔法がつかえない  作者: 永杜光理
二章 形見と秘密
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第15話 祖母の形見


 ◆◆



 幼い頃の摩李沙は親の仕事の都合もあり、時折祖母の家にあずけられていた。


 子どもが喜ぶおもちゃはなかったが、縁側えんがわに座る祖母に見守られ、こぢんまりした中庭で砂遊びをするのは楽しかった。

 黙々と砂の山や団子を作っては、祖母に披露してみせた。


「上手にできたわね」


 ロマンスグレーの髪が印象的な祖母は、いつも優しかった。

 そんな祖母が困惑した顔をしている時が、一度だけあった。


 いつものように祖母の家へ到着した摩李沙は何気なく――本当に何気なく、普段は足を踏み入れない奥へと向かった。


 床の間には水墨画の掛け軸があり、数体の日本人形が目につく。他の物には目もくれず、一直線に古めかしい鏡台へ向かった。

 迷うことなくひとつの引き出しをあける。そこにあったのは、布につつまれていた何かだ。


 この時の摩李沙は、悪いことをしている自覚はなかった。祖母の私物を許可なく触っているというのに、後ろめたさなど一切なかったのだ。


 布の中から現れたのは、白い石のペンダント。直径三センチ程の球体で、やわらかな乳白色。それを囲うようにして金属のが二つ、十字を描くように交差している。くすんだ銀色のチェーンから、年月がそれなりに経ったものだと知れた。


 摩李沙はほう、と見とれた。単純に、きれいなペンダントだと思った。


「何をしてるの?」


 現れた祖母は、摩李沙が手にしているものを見たとたん固まる。

 さすがに叱られるかと肩をすくめたが、祖母は戸惑った様子で聞いてきた。


「そのペンダント、どうやって見つけたの?」

「勝手にさわってごめんなさい。でもきれいだよね、これ」


 布ごと掲げ、蛍光灯の明りに透かしてみる。そうすると石は白一色だけではなく、半透明な部分やベージュに近い色味を帯びた部分もあるとわかった。


「摩李沙、それはね」

「おばあちゃん、これ欲しい。ダメかな?」


 祖母は、先ほど以上にびっくりした様子だった。


「摩李沙は、これに何か感じる?」

「え?」


 改めてまじまじと見るが、保育園児の摩李沙にとっては宝物としか思えない。


「きれいだなって思う。これ、おばあちゃんの大切なもの?」


 もしそうだとしたら、もう少し綺麗にしまっておいてもよさそうなものだが。布でくるみ、普段使ってない鏡台の引き出しに押し込むなんて、もったいない。


 祖母はしばらく、目をつむって黙っていた。再び顔をあげると、摩李沙に座るようにうながす。

 向き合った祖母は、しっかりと孫の瞳を見据えた。


「このペンダントは、おばあちゃんのものじゃないの。人から、預かっているものなんだよ」

「別の人が、このペンダントの持ち主?」

「そう。おばあちゃんは、いつかその人にペンダントを返すために、ずっと引き出しにしまっていたんだけど。摩李沙が今日見つけたのなら、摩李沙が預かっていた方がいいのかもね」


 祖母は時々、不思議なことを言う人だった。道を一人で歩いている人の後ろに昔の恋人がいるだの、公園にわった大樹たいじゅを怒らせてはいけないだの。


 今話していることもその一環なのだろうかと、摩李沙は思う。


「でも私は、持ち主の人を知らないよ。なのに、このペンダントを持っていても大丈夫なの?」

「うん。きっとその人と会ったら、返してほしいって言われるよ。おばあちゃんはそう思う」


 断言されて、ならばそういうものなのかとすんなり受け入れた。


「わかった。じゃあそれまで、私がこれを持っているね!」


 大切なものがひとつ増えた。無邪気に喜ぶ孫に、祖母はひとつ釘をさす。


「摩李沙、おばあちゃんと約束してちょうだい。今日からそのペンダントを、ずっと肌身離さず持っていること。首にかけるかポケットに入れておきなさい。眠る時も、すぐそばに置いておいてね」

「どうして?」

「持ち主の人に、いつ会うかわからないでしょ? だからいつも持っておきなさい」


 おばあちゃんとの約束だよと言って、指切りをした。

 不思議なペンダントについて話したのは、その時だけだ。

 数年後祖母は病気により、この世の人ではなくなってしまったから。




  ◆◆




 竜の形をした炎が、眼前に迫る。熱風が体中に叩きつけられ、摩李沙はその場で腰を抜かした。

 さらに竜は駄目押しとばかりに巨大な口を開け、これでもかと摩李沙を威嚇する。


「ぎゃーっ!」


 情けない悲鳴を上げたところで、竜に数本の風の矢が刺さった。炎の竜は痛みにもだえ、低い咆哮をあげ消えてゆく。


 震えの収まらない背を、バルタザールがとんとん、と叩いてくれた。


「アレンダさん、やっぱり荒療治すぎますよ」

「そうかあ。実習よりド派手な魔法を見ておけば、いざという時慌てなくて済むと思ったんだけどなー」


 三人がいるのはレアルデス家の中庭だ。摩李沙が想像していたよりもはるかに広い。高校の体育館が二棟はおさまりそうだ。


 アレンダの急な提案により学校を休んだ摩李沙とバルタザールは、摩李沙を魔法に慣らすための特訓を始めた。

 最初、ソフィー以外の屋敷の使用人達に姿を見られるのではと危惧したが、その辺りは既に根回し済みだった。今日はアレンダが魔法の研究に没頭したいという理由で、皆に休暇を出したらしい。


「さっきの竜、きれいでしょ? 造形は僕の好みでいろいろといじったんだけど、あれを出すと悪い奴らは大抵大人しくしてくれるんだよ」


(私は悪い奴と同じ扱いってこと?!)


 内心でツッコミは出来るが、立ちあがる気になれない。

 どうにも足に力が入らないのが情けなく、両膝を抱えてそこに顔をうずめた。

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