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替え玉お嬢様は魔法がつかえない  作者: 永杜光理
二章 形見と秘密
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第11話 時間魔法と稀代の到達者

「マリサちゃん、ひとまず今日はお疲れさま。お腹空いたでしょ? 好きなだけ食べていいよ」


 摩李沙が使用中のバルタザールの私室には、一人前にしては多めの夕食が並んでいた。


 ふわふわに焼き上げたパン。肉と野菜たっぷりのスープ。リンゴにパイもある。

 余ったらどうしようと思いながら口にしていた時、アレンダとバルタザールがそろって現れたのだ。


「と言っておいて悪いんだけど。いくつか聞きたいことがあるんだ。いいかな?」

「はい。何ですか?」


 アレンダは寝台に腰かける。バルタザールは扉近くの壁に、腕を組んでもたれかかった。彼はトアンの元を去ってから、警戒を解いていないように見える。


「ズバリ聞くけど、マリサちゃんからみて魔法学校に怪しいと思う人物はいたかい?」


 一般人の自分がわかるわけない、と内心突っ込みながら横にふる。


「いいえ。それよりも、リーゼラって子がしつこくて大変でした。エミリアはあの子に嫌われてるんですか?」


 アレンダはうなりながら、頭を右に傾けた。


「妹とその子はいがみあってるのは間違いないよ。ただ毎度のように噛みつきあってるらしいから、もはや仲がいいんじゃないのかなあ」


 呑気な評価に、摩李沙は小型犬二頭がじゃれあう姿を思い浮かべてしまった。


「その度に巻き込まれる、俺の身にもなってくださいよ」


 遠い目をしながらバルタザールがぼやく。


「はは、確かに。そのせいで追試や懲罰受けたことあるもんね。いつもご苦労様」


 少年はさらに遠い目をした。魂を飛ばしそうなくらいに。


「アレンダさん。いくつか質問があるんですけど」

「え、何だい?」


 摩李沙は本日の授業で耳にしたあれこれについて、改めて解説を求めた。なぜかアレンダは、泣く真似をしてハンカチで目頭を押さえている。


「マリサちゃん……僕たちの我儘のために、こんなに真剣になって妹のフリをしてくれてありがとう!」

「あなたが上手いこと言いくるめて押し切ったからですよ」


 バルタザールがぽつりとキツイ言葉を放ったが、アレンダは無視して続ける。


「では復習をかねて。全ての魔法使いに共通する、決して魔法でやってはいけないことは何か、覚えてるかい?」

「えっと……死した命をよみがえらせること、時間に干渉するすべてのこと、でしたっけ?」

「大正解」


 指示棒代わりなのか人差し指をふるその姿は、学校の先生のようだ。


 最初にこの鉄則を聞かされたとき、摩李沙は「人を殺す魔法って禁止されてないんですか?」と質問したのだが、まぶしすぎる笑みでアレンダが沈黙をつらぬいたことは記憶に新しい。それ以上は踏み込むのが怖く、追及はできなかった。


「でもこの禁忌に挑もうとする魔法使いは、どうしても現れちゃうんだよね。命知らずな知りたがり屋が多いんだ。そして神々の怒りを買い、報いがこちらへ返ってくる。しかも当の魔法使い本人のみでなく、子孫代々へと受け継がれてしまう。禁忌を犯した魔法使いの子孫たちをまとめて、〈女神に嫌われた血族〉と呼んだりもする」


 授業を思い起こす。トアンは〈嫌われた血族〉と言っていたが、どちらの呼び名でも通じるのだろう。


「女神って、何を司る神様なんですか?」

「時間だね」


 その時――ほんの一瞬だったが、首から下げたペンダントがひとりでに揺れた気がした。だがその違和感を拾う余裕はなく、摩李沙は質問を続ける。


「時間を操ろうとするだけで、その魔法使いと子孫たちが酷い目に合ったんですよね?」

「時を止める、巻き戻す、自分もしくは他の対象を過去や未来へ飛ばす、等々。実行しようとしたもの好き達は平等に誰一人漏れることなく、女神の怒りを買ったんだよ」


 その怒りは、神々の存在を信じる人間がごっそり減った今なお、続いているというわけだ。


「〈女神に嫌われた血族〉は、口に出すのもはばかられるくらいに嫌な目に合ってきたんだけど、そんな彼らを保護するためにも魔法協会は申告を義務づけているんだ。でも魔法協会自体をうさんくさがって、やりたがらない人たちもかなりいるって話だけどね」

「嫌な目って、例えばどんな?」


 アレンダは、見覚えのあるまぶしい笑みを浮かべた。


「簡潔に言うと、人身売買とかだね。彼らの肉体を使えば妙薬になるなんて信じられた時代が長くて……あ、ごめん」


 摩李沙が顔を伏せたのをみて、さすがにアレンダは神妙な面持ちになった。摩李沙は首を振り、自分から話を続ける。


「じゃあ、アルシノエが八大賢人に選ばれた理由はそこにあるんですね」

「彼女は、時の女神の怒りを唯一買わなかった魔法使いだとされているからだよ。でも書に記された人生は虚実入り乱れていて、よくわかってないことも多い。いつまで生きたかどこで亡くなったかも諸説あり。実在を疑われることすらあって、彼女を八大賢人として数えることを認めてない魔法使いもいるんだ」


(確かにトアン先生も、そんなようなこと言ってたな)


 カンニングペーパーを取り出し、シャープペンであれこれと書き足していく。と、隅に立ったままのバルタザールが、目をつむって何かをこらえているように見えた。具合が悪いのかと思い近づこうとしたら、空色の瞳がこちらを見てくる。


「どうした?」


 ひたいにうっすら汗が見えるが、本人は落ち着き払っている。

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